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「十返し」馥郁と
蘭奢待薫る信長席
有楽流拾穂園が「三英傑茶会」
大寄せで茶香一如の先鞭

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 古今無双の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」が2024年10月13日、名古屋城茶席・本丸御殿であった第4回三英傑茶会の信長席にサプライズ登場し、えもいわれぬ馥郁(ふくいく)たる芳香で茶客を魅了しました。尾張徳川家の御家流の流れを汲む有楽流拾穂園(しゅうすいえん)が懸け釜。

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名香鑑賞を茶会に積極的に取り入れている拾穂園主の長谷義隆さんは、茶の湯、お香が芸道化して以来、失われた茶香一如の古き良き伝統の復活を念願。信長も愛でた蘭奢待を含む香りアイテムを、大寄せ茶会では異例、大胆に組み込ました。大寄せ茶会に茶香一如の先鞭を付けました。

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この日、サプライズ出香されたのは、徳川将軍家伝来の蘭奢待(別名・東大寺)です。某大名家に下賜された天下随一の名香が、縁あって分木が拾穂園に到来。

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今年4月、5月の2回、愛知県稲沢市の有楽流拾穂園であった名香鑑賞付き茶事でお披露目されました。

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十度繰り返し鑑賞できるとされる「十返(とがえ)しの香」のたきがらが、三英傑茶会で午前、午後の一回ずつ、延べ40人の茶客が香りに浴しました。お茶、和菓子、室礼ばかりでなく、歴史的な名香が喚起する豊かな時代絵巻が繰り広げられました。

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三英傑茶会は当然、お茶の振る舞いが第一義。歴史的な名香を付随的な目的のために、いたずらに削り取るのは避けたいところ。そこで、一度は聞香に供した蘭奢待の残り香なら、ギリギリ許されるのではと、席主苦心の出香です。

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いきなり蘭奢待では芸がありません。そこに至るまで、期待を高める幾つもの伏線がはられました。
寄付には、バサラ大名、佐々木道誉(ささき・どうよ)作銘とされる名香、銘「 名残の袖(なごりのそで)」を出陳。「百二十種名香」の一つで、「六十一種名香」に次ぐ最上位にランクされます。木所「六国(りっこく)」(産地・分類)は、最も希少とされる真那賀(まなか)です。親指の第一関節ほどもある塊で、鼻に近づけると、少なくとも七百年前には日本に渡ってきた古い香木ながら、鼻腔を通して脳天に衝撃を与えるほどの香りを、たき出す前から放っています。一休禅師が日本に伝えた「香の十徳」にある「久蔵不朽」の名言。久しく蔵(たくわ)えて朽ちず。まさしく久蔵不朽の香りに頭が下がります。


佐々木道誉は14世紀に南北朝、室町時代に活躍したバサラ大名であることは言わずもがな。身分秩序を無視して実力主義的であり、公家や天皇と言った時の権威を軽んじて嘲笑・反撥し、奢侈で派手な振る舞いや、粋で華美な服装を好み、所持した名香百八十種は史上最高の香木コレクション。多くが室町将軍家に入りました。
織田信長といえば、バサラの戦国時代版とも言える「傾奇者(かぶきもの)」の代表。道誉の血を引く者たちを珠遇しました。

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バサラ大名が愛した名残りの時期にもうってつけの銘を有する香木を前段に飾って、信長席でのサプライズを予告します。さらに、辰年も残り少なくなった名残りの時節、会記の文鎮代わりに干支をかたどった匂い袋、さらに本席の違い棚にも干支の刺繍のある砂金袋形の匂い袋を置いて、香りの趣向を脇で固めます。

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第一席が始まると、「雨過天晴」ともいうべき翡色映える青磁香炉が銀製の蓋付きのまま、まず客座中央に置かれました。正客の所望に応じて、五味兼備の香りを放つ蘭奢待が香炉、香炉盆ごと客座を一周しました。グッと鼻を香炉に近づけ、犬かきさながら両の手をあおぐもの。中には、大胆にも盆から香炉を持ち上げて顔にグッと近づける者。皆、陶然。感激の面持ちでした。

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香炉は一席が済むと、定位置の付書院に飾られました。午後の第一席も同様に、蘭奢待の振る舞いがありました。その香りは、書院席からあふれ出て、離れたところまで薫っていました。

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蘭奢待がたかれていない時は、茶道口の脇に常に沈香、仮銘「弓張月」がたかれ、かすかな香気が常に茶席を満たしていて、席主の目指す茶香一如の趣を演出していました。

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ちなみに、蘭奢待は正倉院御物の香木。足利将軍や織田信長、明治天皇が一部を切り取ったことが記録に残ります。徳川家康は截香はしなかったのですが、公家からの献上品を所有していたことが知られております。
 

「十返し」とは、並の沈水香木は一度たくと香りは失せてしまいますが、蘭奢待は十度繰り返しいぶしても、なお香りが失せないことから、「十返しの香」の異名があります。歴史的な名香は、少なくとも数度は繰り返し鑑賞できます。

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この日午後の回で、たきがら「三度目」をカウントした蘭奢待。どれどれと顔を近づけた席主は、その衰えを知らぬ芳香に衝撃を受けました。蘭奢待恐るべし。十返しの香の異名は大袈裟でもなく、ハッタリでもない、と思い知らされた一幕でした。

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名香鑑賞を「三息」ずつの聞香形式で組み込むと、一席の所要時間がどうしてもかなり延びて、席の回転数が求められる大寄せ茶会では無理があります。しかし、香炉を蓋付き、盆ごと回せば、今回、数分の時間延長で済むことが分かりました。大寄せ茶会に名香鑑賞付きという茶香一如の先鞭を付けた形です。火気厳禁の会場ではできませんが、炭火が使える茶席であれば、この新機軸を打ち立てると、席主は意欲を燃やしています。

IMG_4654.JPG(三英傑茶会撮影・山田喜義)

有楽流拾穂園・茶美会日本文化協会の予定
(拾穂園=しゅうすいえん=は、広壮な豪農屋敷に尾張徳川家・徳川慶勝公御成の由緒ある茶室・庭を移設。当園を会場にした催しのご予約、申し込み受け付け中)
◉有楽流拾穂園「寛永文化400年」記念 茶香一如の会
11月17日(日) 10:00~、13:30~
2024年は、江戸時代の初頭に花開いた寛永文化が始まる400年の記念の年(寛永元年=1624年)。王朝文化の復興と海外文物の移入が盛んだった茶香一如の時代を追慕して、徳川将軍家伝来のかの「蘭奢待(東大寺)」をはじめ歴史的な名香6種を鑑賞。続いて寛永文化の立役者ゆかりの道具を用いた炉開きの茶会。武と雅、茶と香が交歓した寛永文化を、五感で味わう一会。

内容 拾穂園流 名香合(めいこうあわせ)+濃茶の続き薄茶 名香合とは、個性が異なる名香2つを聞き比べ、参加者が好みの優劣を判定。出香予定「正倉院秘蔵 天下の名香双璧 東大寺vs紅塵」「武将茶人三斎・遠州が愛した名香」「香で味わう源氏物語 桐壺vs紅葉賀」。

10:00~、13:30~ (各回定員10人)内容 名香合、濃茶の続き薄茶
特別会費 一般 28,000円 NPO法人茶美会日本文化協会正会員 18,000円  茶美会協力・賛同会員 23,000円
(茶美会正会員会員を優先予約。当日入会可)

申し込み・問い合わせは、sabiejapan2021@gmail.com

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