見る・遊ぶ

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中秋の名月のもと砧打ち
木槌花入に"幻の尾州藍"敷布
和蝋燭ゆれ白昼夢のごと
拾穂園四季の茶の湯

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有楽流拾穂園四季の茶の湯が2024年9月15日、愛知県稲沢市の同園で開かれました。17日の中秋の名月を先取りして、昼日中に夕闇を現出。和蝋燭が揺れる白昼夢のような茶趣に、お客は酔いしれました。

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江戸前期まで茶と香は一如のごとき関係にあったのが、茶道、香道の芸道化、家元化が進む中で両者が離れてしまったことを残念に思い、拾穂園では伝統に立ち返って、茶香一如を試みております。この日も、まず一種名香を鑑賞してもらいました。
茶の湯、生花、聞香など現代に続く風雅が確立された東山文化。八代室町将軍、足利義政によって、香木の分別を命じられた三條西実隆と志野宗信によって、闘香の手段だった聞香(もんこう)は、香道へと発展していきました。その義政によって銘名されたと伝わる名香「南山」がこの日の出香です。

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席主が銘を告げ、正客に香炉が回り、神妙な表情で香炉に手をかざし、鼻を近づけ、香気を吸い込みます。「 木所は羅国、作銘は足利義政公。二百種名香の内です」。「味は、甘、辛と伝承されておりますが、いかがでしょう」。「ほう、銀閣寺を建てたあの義政公の銘ですか。それは格別ですね」
東山の主にとって南山とは、どういう意味合いがあったのでしょうか。香銘録には、南山は吉野山を指す、記されておりますが。金閣寺は北山、東山は銀閣寺。そうなると、南山は南都奈良の若草山、あるいは、奈良盆地の山をいうのでしょうか。やはり吉野山なのかな‥‥。あれこれ想いを巡らせているうち、お香は一巡。「せっかくなので、もう一巡しましょう」。小人数、午前午後、それそれ一度だけという、時間刻みの大寄せとは異なり、ゆったり時間が流れます。
 9月半ばというのに真夏並みの蒸し暑さ。拾穂園は庄屋屋敷の長屋門に江戸時代築造の茶室、庭石・石造物ごと移設してドッキングし、空調や天井はめ込み型換気扇、調光付きの照明具など、現代的な機能性を盛り込んであります。それぞれ茶庭に面し暑さ知らずの茶席三つが、一つ水屋で連結され、どんな場面でも主客の動線が交わらないよう配置されております。

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この日は外の暑さを避けて、露地には出ず屋内移動。田舎家茶室風の寄付で名香鑑賞後、次の間(小間席)を抜けて、初座濃茶の広間席に移ります。この間。本席に至る寄付、聞香、次の間には、二重、三重にこの日の趣向の伏線が張られておりますので、お客は五感を研ぎ澄まし、うっかり見逃しをしないよう、入念に拝見します。


 寄付の軸は、寛永の三筆、松花堂昭乗筆の自詠短冊。「傾月 心さへ忘れし窓の月影に‥‥」です。この軸で「月」と「寛永文化」の主題が提示されます。銘「南山」の名香によって、東山時代の侘び茶の祖、珠光の「心の文」をイメージする茶器がどこかで出る、という暗示がかかります。

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第二寄付ともいうべき次の間の軸は、復古大和絵の田中訥言画の「弾琴図」。十二単をまとった女房が御簾の陰でお琴を奏でる絵です。話題の大河ドラマ「光る君へ」と宮廷文化へのモチーフが提示されます。香合は陰暦九月の異称「菊月」にちなんで、菊置上蛤香合。香合とはお香を入れておく小さな器のことで、蛤の貝殻の上に胡粉(白色顔料)を盛り上げて菊の花をあしらっています。月と並んで「菊」がさまざまにバリエーションされて、茶会を彩ることを示しています。
 薄暗い床の間を照らすのは、ゆらゆら揺れる和蝋燭の灯り。見立ての燭台が振るっています。鶏龍山(けいりゅうさん)三島線刻花葉文大徳利。鶏龍山とは韓国中西部、鶏龍山山麓、鶴峰里に位置した李氏朝鮮時代の代表的中な窯のことです。李朝時代初期の15〜16世紀に三島、刷毛目、白磁などを主に焼いておりました。拾穂園四季の茶の湯では、毎回テーマを決めて、ジャンル、種別ごとの希少な茶器の実物を一堂に展観して、手に取りながら鑑賞のポイント、見極めのポイントを解説する「茶器研究会」を茶会後に開催しています。第24回を数える本会は「うつわ温故知新」シリーズの第2回で、「刷毛目・三島 鶏龍山の美」。見立ての大徳利は、鶏龍山焼成の古陶がいくつも取り合わせてあることを、ほのめかしているのです。

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 道具によって幾つも張り巡らされた伏線ですが、最も重要な伏線は、蝋燭の灯火です。昼日中に始まった茶会は、一気に時間が進み、夕闇の世界へ誘う趣向です。白昼見る、先取りの「中秋の明月」の風情。 軸は大徳寺高僧による墨気みなぎる一行「清風払明月」。花は、砧(きぬた)の木槌を花入に見立て、 風に尾花がそよぐ葦に、白・朱の小菊を添えて。砧とは、織り上がった織物を、木槌で打って皺を伸ばしたり、柔らかくしたり、艶を出したりする民具です。秋の夜鍋仕事として、衣を打つ砧の音は古来、詩歌に歌われ、都に訴訟に出たまま帰らぬ夫を待つ妻の悲劇を描いた世阿弥作の名作能「砧」の舞台を訪ねて、はるばる北九州は芦屋の里を訪ねたことを思い出しました。茶釜の名産地、芦屋釜の故郷をゆく旅でもありましたが。

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 話が脱線しました。砧は秋の夜のかつての風物詩。衣打つ木槌の敷板代わりに、花を入れている茶会当日朝、はたと思い付き、拙宅旧茶室に眠っていた"幻の尾州藍染"の敷布を折り畳んで、敷板ならぬ敷物にしました。

 尾州藍染を知る人はほとんどないのが残念ですが、一時は阿波と並び藍の特産地だった尾州(愛知県尾張地方)の藍染栄華の名残り、希少な遺品です。江戸中後期から明治半ばまで盛んに家内工業的に生産された綿布は、産業革命によって一気に衰退。尾州は綿織物から毛織物産地にすっかり塗りかえられ、旧時代の綿、藍、木綿織物、染色は忘れ去られ、尾州藍染の伝世品はほとんど現存していないようです。おそらくこの厚地の藍染も、砧で打たれて艶出しをされたのでしょう。


IMG_5685.JPG 布地を花入の下に敷くのは異例のことですが、砧の木槌と尾州藍染の敷布は親和するのではないかと。月下にそよぐ葦と夜菊、衣打つ音の寂しさを照らす、灯火。衣打つ砧の音は、濃茶の後、暗がりから劇的に陽転する後座薄茶席で使われる、茶杓の歌銘「松風の音だに秋はさびしきに衣打つなり玉川の里」(源俊頼、千載和歌集)と響き合って、興趣を増すことを目論んでのこと。

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 聞香から始まって、濃茶へ、起伏に富んだ室礼の一部をくどくど述べましたが、さらに薄茶、茶器研究会と続く一部始終。事前に考え抜いて、一方で、即興の創意工夫も加える茶趣を全て解説するのも、無粋。会記の一部と、場面ごとの画像を載せますので、拾穂園四季の茶の湯がどんな風に展開したのか、どうぞ想像してみてください。濃茶の床の間は掛け軸、薄茶は花入、というのが現代の茶事の定番ですが、有楽流はもっと自在。初座で軸と花をもろ飾りしてもよく、伝統を踏まえて、時宜に叶った創意工夫なら定番を破ることも可。単なる思いつき、気ままを排し、茶の湯の美を踏み外さない、自律が求められるのは、いうまでもありません。

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 有楽流拾穂園は「第4回三英傑茶会」=10月13日(日)、名古屋城茶席。主催金城会=に出張り、信長席を担当します。名古屋城秋の名物茶会となった三英傑茶会。茶どころ名古屋を代表する男性茶人3人が初勢揃い。書院・信長席は有楽流拾穂園長谷義隆、猿面席・家康席は表千家谷口宗久、本丸御殿・秀吉席は尾州久田流・下村宗隆の3氏。

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 2022年の第2回の際、猿面席・秀吉席を担当し、茶席・水屋・廊下を一体利用し小間席を大寄せ会場に変容させて、斬新な空間演出で話題を呼んだのも記憶に新しいところ。

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有楽流茶道にとって始祖と仰ぐ信長公の名を冠した書院席です。有楽流が満を持して担当。織田信長公を追慕し、公とその弟・織田有楽斎、孫の織田貞置公ゆかりの茶器を散りばめて、知られざる織田家茶道の一端を明らかにしつつ、感動と発見に満ちた一会を期します。点心席あり。
点心こみ会費 一般10,000円。NPO法人茶美会日本文化協会正会員割引9,000円。
申し込み・問い合わせは、長谷携帯080(5138)8001
メール sabiejapan2021@gmail.com

拾穂園四季の茶の湯中秋編&
第24回茶器研究会「うつわ温故知新② 刷毛目・三島 鶏龍山の美」
2024年9月15日
主 有楽流拾穂園 長谷義隆
寄付・鑑賞香席(風月)
床  松花堂昭乗筆 自詠短冊 傾月 心さへ忘れし窓の月影に驚きてしる元の大空
大倉法橋極箱
香 銘 南山  木所・羅国 足利義政公銘 二百種名香の内 味・甘辛
香炉 青磁

次の間(小間)
床 田中訥言画 弾琴図
燭台 鶏龍山三島線刻花葉文大徳利

本席初座濃茶(広間席)
床 紫野雲崖筆 一行 清風払明月               共箱
花 葦、白・黄の小菊
花入 木槌 砧
敷板 尾州藍染敷布(伝存まれな幻の藍染)
香合 菊置上蛤
燭台 鶏龍山絵刷毛目人参葉文大徳利
脇床 燭台 鶏龍山絵刷毛目水魚文大徳利
風炉・釜  西村道也造 鉄 田口 掛合 十三代宮崎寒雉極箱
敷瓦 定光寺 黄釉・青釉唐花文
風炉先  寄合六歌仙和歌紙背印仏 金地貼
水指  如心斎好乱菊蒔絵 利休型曲         中村宗哲造・共箱
茶器  唐物小肩衝
仕覆  宗薫緞子
盆   真塗四方
茶杓  土肥二三作・共筒 銘 白露
茶碗  刷毛目    船越伊予守永景箱       古筆了任箱蓋添書付
副   蕎麦 銘 雪柳
建水 竹内黒                    黒田正玄作
蓋置 唐金駅鈴
茶  銘 柳城の昔                  お茶のささせい詰
菓子 栗きんとん                        梅園製
器 乾山焼 色絵光琳菊文角皿           森川如春庵箱・旧蔵