見る・遊ぶ

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「寛永の文化サロン」さながら
伊藤宗観さん木曜会口切りの茶
光悦、砂張釣舟、茶壺、ノンコウ、仁清‥
「秋の夕暮れ」余情深く

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 炉開きの華やぎと格調、晩秋のもの寂しさ。研ぎ澄まされた茶の美に圧倒されました。2021年11月4日、名古屋・上飯田の茶懐石志ら玉で開かれた木曜会霜月茶会。名古屋を代表する茶家当主で裏千家業躰の伊藤宗観さんが、コロナ禍宣言明けにより月釜に久々に登場し、洗練された「寛永の文化サロン」ゆかりの茶器が奏でる雅な世界を展開し、圧巻のもてなしで茶客を魅了しました。

 「業躰(ぎょうてい)」と呼ぶ家元直属の指導者を長く務める伊藤さんは、名古屋市の西隣、愛知県大治町に稽古場・茶室を構えます。裏千家今日庵歴代の茶統を伝える道具組を基本に、流派を超えた茶の湯本流の茶器を取り合わせ、奥深い茶の魅力を伝道する名古屋茶道界の現役最長老の茶人です。

 昨年3月以来、コロナ禍で数々降板を余儀なくされた名古屋を代表する茶人が、満を侍して臨む茶会とあって、期待が高まります。

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 会場の志ら玉の本館2階は、袴付、2間続きの広い寄付、書院式茶室の本席があり、本席に入る前に3つの床の間があります。席主によっては最大4本もの自前の掛け軸を用意し、それぞれが目指す茶の湯世界を演出します。
この日、伊藤さんは全室自前の軸を掛けました。客が手荷物を置いて席入り支度をする部屋を「寄付」とし、新古今集所収の「秋の夕暮れ」を結びとした3首の名歌のうち、寂蓮 「さびしさはその色としもなかりけり 槙立つ山の秋の夕暮れ」の歌意を描いた狩野伊川院筆の三夕の図を掛けて、次に続く展観席の待合席、本席へと続く雅な世界をさりげなく予告します。


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 待合席の二箇所の床の間には、復古やまと絵をリードした名古屋を代表する絵師、田中訥言「紅葉双鹿図」、森村宜稲「龍田紅葉図」を掛けて、そこへ秋尽くしの銘、デザインを持つ茶器が、錦秋の風情をいっそう醸します。薄茶器は裏千家11代玄々斎書付の菊絵平棗、裏千家9代不見斎作の茶杓、銘「神楽」、炭道具では玄々斎書付のふくべ‥。
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 古高取の香合「一葉」は、床に掛かる訥言描く紅葉の絵から、舞い落ちたようです。江戸初期に茶陶の優品を数多く産出した古高取の名窯「内ケ磯(うちがそ)」製。内ケ磯は茶入、茶碗、水指、向付、手付き鉢は見かけますが、香合はまずなく、伊藤家蔵品はまことに貴重な内ケ磯香合と言えるのではないでしょうか。

 炭道具の取り合わせも見事です。大角豆(ささげ)割鐶一双を開けてみると、鐶の断面に見事な種々の金象嵌。内に秘めた美にため息が出ます。木曜会事務局を夫妻で務めた桑山道明さんの賢夫人・綾子さんの遺徳をしのんで、さりげなく夫人作の組紐釜敷を添えてあるのが目に留まりました。4年前の秋、早すぎる旅立ちの記憶がよみがえってきました。

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 茶碗も魅力的でした。寄付に飾った楽家4代一入の黒楽茶碗、その名も「国師」の器底の高台を拝見すると、楽焼では珍しく、釉薬がかかっていない「土見せ」。初代長次郎から楽家代々使った貴重な陶土(9代了入の時代に焼失したとされる)聚楽土(じゅらくづち)のねっとりした赤黒い土味で、茶碗の内側に漆黒のミクロコスモスが広がるような造形の妙。国師の名もなるほどの堂々たる茶碗でした。

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 さて、待つほどしばらくして、席入りの時間。
期待以上の床の間の室礼でした。「五十首歌たてまつりし時  たへてやは思ひありともいかがせんむぐらの宿の秋の夕暮れ」。なんと、秋の夕暮れを結句にした本阿弥光悦の新古今集歌切ではありませんか。華麗な金泥の料紙も見事な巻物切です。砂張釣舟の花入に、絞り西王母椿の蕾に姫水木の残り葉を添えて。その楚々としつつ、凛としたたたずまいは格別です。

 口切りの茶にふさわしく、床の間の下手には呂宋(ルソン)の真壺(まつぼ)が飾られておりました。まだらに黄金色に光を放つ釉調、造形は茶壺の名品中の名品「松花」(徳川美術館所蔵)に似て、松花を一回り小さくしたような優品。よくある橙、朱色ではなく紫の飾り紐が、小堀遠州の書き付けのある大名道具に相応しい格式を添えておりました。

 光悦、唐物の砂張釣舟、呂宋真壺の3点セット、なんとも豪奢にして、さびた取り合わせではないでしょうか。かの大茶会「光悦会」に勝るとも劣らない贅沢さです。

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 点前座に目を向けると、楽家3代の名人ノンコウ作の赤楽の矢筈口の水指が、又日庵(ゆうじつあん)好みの一閑張二重丸卓に置かれ、存在感を放っていました。又日庵は尾張徳川家の風流家老、渡辺規綱です。その実弟に裏千家11代玄々斎がいて、尾張名古屋に裏千家流の茶が根を張る立役者になった人物です。
「茶席で使うのは今日が初めて」という初使いの秘蔵品を用いた点前座。背の高い二重丸卓に合わせて、風炉先は高めの鵬雲斎好みの金砂子の屏風を取り合わせて、バランスよく。釜は羽もしっかり欠けずに残っている博多芦屋の八角。高台寺蒔絵の炉縁が、この日の寛永文化の洗練を歌うモチーフに共鳴し、コーラスするようです。

 席使いの主茶碗は、なんと京焼を大成した仁清の鷺絵茶碗。高麗茶碗の「絵御本」を意識した作風ですが、本歌が稚拙な鉄絵なのに対して、名工・仁清作は2羽の鷺が詩情豊かに描かれていて、高台の火色の焦げ跡もしっかり。本歌にまさる仁清茶碗と、目を見張りました。

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 主菓子は、伊豆大島から取り寄せた緑深い椿の葉をふんわり載せた名古屋の老舗・川口屋の椿餅。ぷるんと葛に包まれた食感も楽しく、上品な味わいです。金森宗和指導の「姫宗和」好みを焼いた仁清に呼応するように、煙草盆は「宗和好み」。
 脇床に小倉山蒔絵の硯箱、書院違い棚に優美な青磁の香炉を飾り、光悦、遠州、宗和、仁清という「寛永の文化サロン」の立役者たちゆかりの茶器を配し、茶の湯本流への希求を見事に表現した手腕と美意識。薫り高い遊び心をベースに、書院式に侘び茶を融合させた文句なしの室礼と感服しました。