見る・遊ぶ

見る・遊ぶ

女優貞奴を陰影豊かに
「倉知可英DANCE YARD5」優れた演出と舞台美

IMG_0794.JPG

 現代舞踊家、倉知可英さんの優れた演出と舞台美に心を奪われました。名古屋市千種文化小劇場(千種座)で開かれたダンス公演「倉知可英DANCE YARD5」。メインの「Ma Sada Yacco~凜として咲くが如く」は、明治から昭和を駆け抜け、世紀末のヨーロッパを魅了した女優川上貞奴(1871~1946年)のもう一つの人生に焦点をあてた、倉知版マダム貞奴です。

 ウィーン世紀末の画家グスタフ・クリムトの「接吻」の耽美的なイメージと、パリを席巻した日本趣味を織り交ぜた美の世界が基調になって、悲恋の末に結ばれた電力王福沢桃介を支えつつ、終生女優魂を忘れなかった貞奴を、陰影豊かに描きました。

 客席がすり鉢状に円形舞台を囲む千種座。客席数を半分以下の百席に絞った感染症対策仕様です。昨年は大叔母奥田敏子の生誕100年記念プロジェクトなど企画した公演が全て中止になった倉知さん。劇場公演再開となった本舞台では、今年生誕150年の日本女優第1号の貞奴に光をあてました。

 作品冒頭、暗転した舞台に頭巾を被った黒子のシルエットかすかに浮かび、身じろぎもせず、数分間。この黒子は「世紀末の不安」の象徴なのでしょうか。それとも、パンデミックの波に覆われている「現代の災厄」のシンボルなのでしょうか。印象的な序章です。

 
 黒子が舞台裏に吸い込まれると、入れ替わるように、クリムトの「接吻」のような煌びやかな打ち掛けを羽織った貞奴役の倉知さんが、サティ作曲「ジムノペディ」の旋律にのせて現れました。長い裾に黒子が潜み、ただならぬ雰囲気を醸します。

 IMG_0810.JPG

 1900年パリ万博で大喝采を浴びた貞奴の舞台回想シーンのあと、初恋の相手でもあり後に愛人として晩年を過ごした電力王・福沢桃介との出会いと、愛憎と別れ。さらに「世界の貞奴」と欧米に雄飛する姿を、時にストイックに、時にマイムを交えて、描き出します。
 「ジムノペディ」を器楽曲、シャンソン風などさまざまに編曲された音楽が場面場面に流れ、選曲の妙を感じます。

相手役は、フラメンコ舞踊手の礒村崇史さん。得意のフラメンコの技をほとんど封じつつも、この舞踊劇に大きなウエイトを占める黒子役と福沢桃介役を演じ分け、存在感を放ちました。

 「Ma Sada Yacco(私の貞奴)」のタイトル通り、倉知さんは貞奴を演じるだけでなく、演技から解き放たれたように最終章「自分自身を見つめて‥」では、キレのいいダンスを披露。髪を振り乱して、アスリート並みに絞った身体から、エネルギーを存分に放出しました。

 
 最後は、再び序章に回帰。倉知さんは女優貞奴となって、煌びやかな打ち掛けをまとい、黒子を長い裾に潜ませて、退場しました。闇の中、一点スポットライトが当たって舞台中央に、深紅の椿の落ち、作品は幕を閉じました。

IMG_0664.JPG 

 同時上演は、スペイン舞踊家加藤おりはさんと踊った「lien rouge〜赤い絆」。ピアニストの伊藤志宏作品「透明な緑と火のない赤」にインスパイアされたデュオ作品です。研ぎ澄まされた技術と感性で織りなした2人の世界です。ただ、暗い円形舞台で方向感覚を失ったのでしょうか、間合いが微妙にズレることがたまに散見され、惜しいと感じました。

 WEB茶美会 長谷義隆=2021年8月12日上演のAプログラム所見、撮影©️kana sonoda