一器・一花・一菓
〜古裂の最高峰ふんだんに〜
印金2種 実はゴージャス表具
詠草の伝承筆者だあれ?
冬きたりなば春遠からじ。イギリスのロマン派の詩人、シェリーの「西風に寄せる頌歌」の「If Winter comes,can Spring be far behind?」から来た言葉だそうです。今年もあとひと月。寒夜、吉野山の花見を詠んだ掛け軸を掛けて、「春遠からじ」をひとり楽しんでいました。
金襴に見えた表具ですが、そのさびた風情に深みがあって、沈んだ金の光沢が金糸を編んだ金襴とは異なり、格調ただならぬ空気を醸しています。近寄ってまじまじと観察しました。
「えっ、これってもしかして、印金(いんきん)!」。思わず声をあげました。茶の湯で珍重される名物裂の中で、極上とされる紫地印金です。本紙の上下に付ける裂地の一文字、風帯ともに。紫色の羅地状の布に花模様の金箔を押した、古印金のようです。
古美術の世界では、印金の古裂は金より高いと聞いて、驚いたことがあり、印金で表装した掛け軸は要マークなのです。
細切れをちびちびを貼り合わせて、模様の筋を合わせるなんて、いじましい印金の表装を往々見かけます(それだけ貴重だということです)。それも、ない。ゆうゆうカットして、表具してあります。超レアな紫地印金をごっそり反物ごと持っていないとできない、ゴージャス表具。まさに、お大名、お大尽仕立てです。
文様は、よくある牡丹唐草ではなく、五弁の花びらのある梅花と梅の枝を組み合わせたような、紫地印金ではあまり見かけない模様です。伝承筆者の家紋をイメージさせる文様を選んであるのでしょうか。
さらに驚いたのは、中廻(ちゅうまわし)まで、色違い、模様違いの印金でした。本紙の上下左右を一文字ごとぐるっと巡らせる中廻は、表装するスペースが一文字・風帯に比べてざっと3倍は広いので、希少な印金を使う例はほとんどありません。印金に比べたらランクが落ちる金欄とか緞子を使うことが多いのですが、本作は贅沢なことに、濃い暗緑色の羅地様の布地に、牡丹唐草文の金箔を押した印金。
本紙自体は簡素な詠草。一見それとは感じさせず、実は超ゴージャスな表装を施す。なんという粋! 春の華やぎと憂いを、渋い寒色系の統一した表装で引き立てる取り合わせの妙。侘び、寂びの視覚な雰囲気が醸し出されているようです。
印金は綾、紗、羅などの裂地に型紙を置き、糊や膠などで金箔を接着し、乾いた後に余分な金箔を除いて文様を表したもの。中国では銷金(しょうきん)と呼ばれ、古くは宋時代にさかのぼるとされます。日本には室町時代に伝わり、名物裂の中でも最上級。古渡りの古印金の重厚な趣は、金更紗や摺箔にまさるとされます。国産では京印金、奈良印金などがありますが、残念ながら品質が落ちます。
本作の由来書なるものを信じるなら、太閤秀吉の吉野の花見に随行した戦国武将の一人が、歌会で詠んだ和歌の詠草だとのこと。真偽不詳ながら、さもありなんという、しろものです。この大名家は江戸初期、名物裂蒐集に凝って長崎で値段に糸目を付けずに買い漁り、裂帳を何冊も作ったことで知られる家です。古来超レアな印金を、惜しげもなく2種類も使って表装しているところをみると、大名家伝来という伝承は、真実味を帯びます。
「西風に寄せる頌歌」ではありませんが、後の繁栄の礎を築いた「藩祖に寄せる頌歌」の声が聞こえるようです。
さて、ここまで、ヒントがあれば、詠草の伝承筆者はWEB茶美会の読者諸賢はもう、お分かりのことと思います。だあれだ。