ダンスと俳句の"幽体離脱"
加藤おりはさんvs馬場駿吉さん
衝撃の合作「耀変-リズムに焼成される身体」
俳句とフラメンコ。ユーラシア大陸を挟んで、最果ての東の海に浮かぶ日本列島の風土に育まれた短詩型文学の俳句。かたや大陸の西端、イベリア半島で虐げられたロマ族の喜怒哀楽を演唱するフラメンコ。一見クロスしそうにない二つのジャンルで、独自の境地をゆくアーティスト2人が出会いました。この奇縁をてこに、互いの持てる芸術表現を陶土のように練り込んで、一つに造形して、舞台芸術という紅蓮の炎で焼成すると、どんな異化作用が生まれるのでしょうか。国宝の天目茶碗にのように、思いがけない美の小宇宙「耀変(ようへん)」を期待して。
そんな、ワクワクする期待を込めて共同制作されたのが、名古屋市在住の俳人で現代アート評論家、馬場駿吉さん(90)とスペイン舞踊家の加藤おりはさんが初演した新作舞台「耀変-リズムに焼成される身体」でした。
公演タイトルの名付け親、わたしのささやかなたくらみをはるかに超え、2人は深く結びつき、見事に芸術的に耀変しました。芽吹きに始まって花吹雪で終わる連句18句の幻想譚。加藤おりはさんの舞踊表現の精髄は、作品世界に底流する馬場さんの生死のあわいまで映し出したようでした。最新テクノロジーを駆使したプロジェクションマッピングによって句の言葉の数々が花吹雪のように舞い散り、言葉の奔流が洪水となってホール全体を覆います。
生動するダンサーが馬場俳句を体現しているのか、馬場俳句がダンサーの肉体を突き動かしているのか。ダンスと俳句の"幽体離脱"の秘境が現出しました。これまで、あらゆるといっていいジャンルの何千ものステージを見聞きしてきましたが、初めての衝撃の体験でした。演出の才能を開花させた加藤さん独自の世界です。
透徹した批評眼で知られる馬場さんですが、公演後は終始上機嫌。打ち上げの挨拶で「ゲネプロより本番は十倍素晴らしかった。皆さんに感謝申し上げます」と、予想以上の舞台成果を自賛。「カンテ(唄い手の丸山太郎さん)はわたしの言葉を素晴らしい声で詠んでいただいた。(加藤おりはさんの)身体を通して表現されることで、自分の言葉でありながら、別物になったようだった。おりはさん、これからもますます素晴らしい舞台を作ってください」と語り、何度も祝杯をあげました。
舞台は、佐久間瑛士さんの自作曲ギターソロ演奏とともに始まり、大地から伸びた生命樹のような加藤おりはさんが、裳裾が超長い衣装のバタデコーラをまとい、ステージ中央の台に屹立。白地に紅蓮の溶岩流が流れでたような衣装は、この作品の展開を予兆しています。
背後に大型の長方形LEDパネルが上がり、画面が灯ると、鮮烈な映像や、連句が適宜、映し出されてゆきます。発句「芽吹く樹も人も指先より目覚め」を受けて、蝶々が羽化するような優婉な舞姿に見とれます。「夢を吸い込む鏡春暁(しゅんぎょう)」。カンテの丸山さんが緩急自在な抑揚で、連句を朗誦。
俳句ありきの振り付けではなく、加藤さんの身体表現に着想した俳句でありますが、逆に踊りは俳句のイメージ、韻律によって、表現の深みを増してゆくようです。魂とイメージの交感、交流が進展して行きます。
紗幕が上がると、白いドレスをまとった城所景子さん、城戸里枝さん、鈴江あずささん、塚本真由さんのカンパニーメンバー4人がスペイン舞踊の古典曲に乗せて、アンサンブルも見事にフラメンコを披露。シューズを踏み鳴らすサパティアードのキレの良さ、打音の粒立ちのよさ。もとよりダンサーの修練の手柄ですが、舞台用コンパネ板の下に多くのマイクを張り巡らした音響・高崎優希さんの技が預かってのことでしょう。
舞台は再び、連句の世界に戻って、不思議の国のアリスやかぐや姫、ロルカの「血の婚礼」をイメージした句が展開してゆきます。「野に遊ぶアリス兎と地下へ落つ」「ハートの女王謎の国を統(す)べ」では、舞台上手に体を横たえた加藤さんがうごめき、裳裾から妖艶な片脚を出して、ハートの女王の色気を象徴します。
「竹取の姫にはつらき月満ちぬ」では、裳裾をたくしあげて上半身を覆って、竹から生まれたかぐやの物語を最小のマイムで具象化。
「風神の錐もみとなす葉鶏頭」「サパティアドの放つ雷神」からは、ダンスと俳句の融合を、連句を切り刻んだ映像作家2人によるシュールで鋭利な映像が増幅してゆきます。加藤さんのダンスはさらに激しく、身を削って、いのちのありようを表現します。
「我死ねど冬も露台は開けおけと」「ロルカの言葉とこしえに生き」の句は、もしかしたら、馬場さんがロルカの戯曲に託して加藤さんに贈った芸術上の遺言なのかもしれません。卒寿を超えた俳人から贈られた重厚なメッセージに対して、加藤さんはどう反応していいいのか分からず、ダンスは呻吟。予定調和では収まりきらない二人。期せずして契った芸術上のマリアージュ、と見るのは、うがちすぎでしょうか。
終盤、発句がリフレインされ、連句が揺り戻されつつ、舞台は次第に高潮。加藤さんが高速で旋回し出すと、連句の言葉の数々が解体されてつむじ風のように巻き上がり、スクリーンから飛び出て、客席と言わず、壁と言わず、天井まで言葉の竜巻が襲いかかってきました。風神のごとき加藤さんの働き。白熱のダンスが巻き起こした疾風怒濤のエンディング。圧巻でした。
馬場さんは1960年代初頭から、暗黒舞踏の土方巽、大野一雄、笠井叡、麿赤児ら伝説的な舞踏家と親交を結び、近年はH・アール・カオスや斉藤一郎率いる京都フィルハーモニー室内合奏団とのコラボレーションなど、身体表現領域に作品を提供しています。これまでは、書き下ろした連作俳句を台本テキストとして、共演相手にあらかじめ渡して、作曲、脚本、振り付けされて舞台化に至る運びだったそうです。
連句という近・現代俳句が過去の遺物視した俳諧の古い形式に、新たな生命を吹き込み、連想が連想を呼ぶ連鎖の中で季節感を織り込んだ作品世界を、馬場さんは提示しました。
今回は全てリハーサル現場でダンスも俳句も紡ぐという異色の経過をたどりました。馬場さんは18句のうち最初の発句と最後の挙句を詠んで、作品の大枠を決めた後、加藤さんが場面ごとに踊りを振り付け、試演して、馬場さんは俳句を推敲したり、作句したり。これまで接点がなかった舞踊家と俳人が、互いの芸術をぶつけ合って現場で触発しあいました。リハーサルは延べ20回余、全て馬場さんは立ち会い、濃密なコラボレーションがこの作品を生み出しました。後々、語り草になるような記念碑的なステージだと思いました。
なお、CoCo壱番屋創業者の宗次徳二さんが理事長を務めるNPO法人イエロー・エンジェルから、この公演事業と、舞台制作と同時平行して撮影が進む映像作品「詠む・舞う〜いのちの燿変〜馬場駿吉vs加藤おりは」(仮題)プロジェクトに対して、助成がいただけることになりました。
舞踊・構成・演出・振付 : 加藤おりは ラメンコ:Company DANZAK
俳句 : 馬場駿吉
ギター : 佐久間瑛士 カンテ : 永潟三貴生、丸山太郎
チェロ : 平山織絵 パーカッション : 城戸久人
映像 : ShuMr ReVision、ヤマダサダオミ、音響:高崎優希
照明:福井孝子、舞台監督:藤井良晃
書:服部清人
=2023年4月8日、名古屋市芸術創造センターで(photo by T.Nakagawa K.Yamada)
WEB茶美会編集長・舞台芸術ジャーナリスト 長谷義隆