味わう

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破格の初釜床飾り
絵の余白に花木5種
「御成」故事を踏まえ

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 「おおっ」。初釜の客のどよめきが、ふすまごしに聞こえてきました。「花の生けかたが、本当に大胆ですね」「掛け軸の絵と一体化している」「床の間空間の圧倒的な存在感に一瞬、時が止まりました」。そんな感想をいただきました。2023年1月8日に開いた有楽流拾穂園の初釜のひとこまです。床の間の壁の中釘に青竹の花入を掛けて、そこへ老松の枝、大小一対を組み合わせ、関戸太郎庵の椿、蝋梅、南天の実、白の寒菊を添えて、5種の花木を投げ入れました。御宸翰を懸けた格調の小間茶室での濃茶から、広間の薄茶席に仕組んだ遊び心のサプライズ。

 これが、簡単なようでいて、実は二重、三重の壁をクリアしないとできない床飾りでした。

 常ならば、尺八の青竹を床の間天井隅に掛けて、結び柳を垂らす初釜。柳の枝数、長さを競うが如き、よくある初釜の室礼にはいささか飽きが来ていたところ、迎春準備に門松を剪定していた庭師が、切り落とした松枝の数々が目に入りました。その枝ぶりはまさに「松老いて五雲を披(ひら)く」よう。これを使わない手はないと、枝ぶりのいい松枝を取り置いて、枯れないよう水に入れて初釜まで保存しておいたのです。

 松は年中緑を絶やさないことから、日本人が古より神の宿る木「依代」として大切にしてきた吉祥のシンボルです。初釜に老松は、何度か試してきました。寄付の軸の上に注連飾り代わりに小振りの老松を添えたり、苔むした老松の太い幹と松の緑を組み合わせて置いたり。今回は、初めて床壁の中釘に掛けた青竹花入に投げ入れてみました。

IMG_9080.JPG    これが、案外難物でした。中釘に使う「無双釘」の突起はぐるっと回転します。可動式の中釘一本。左右非対称の老松一対を入れた竹花入を掛けると、すぐにバランスを崩してしまいます。下手をすると、掛け軸や床の間を汚す恐れがあり、模倣はお勧めしません。外見では分からないちょっとした工夫があって、初めて成り立つ微妙なバランスなのです。

 今年の初釜は、吉祥感をさらに増したいと、もう一つの工夫をしました。それは、床の間の掛け軸との相乗効果です。花木と軸が互いに補完し合う創造的な組み合わせを狙ってみました。
 掛け軸は、明治〜大正期の宮廷画家だった田中有美(ゆうび)の大和絵「恵比寿図」。画家95歳の筆。落款のある「昭和八年正月」の翌月には長逝しますから、ほぼ絶筆といっていい作品ですが、伸びやかな描線に震えはなく、かったつなまま。生涯現役だったことが分かります。

 冷泉為恭に師事した画家は、宮廷画家の画業に専念していたため、市中に出回った作品がとても数少ないのです。ちなみに、息子の田中親美は、平安の華麗な料紙装飾技法を復活させて「平家納経」など数々の国宝絵巻・経巻を精巧に模写・模本制作した古筆研究の第一人者です。
 この恵比寿図、絵の上部はたっぷり余白があり、ここに老松を中心とした花木を組み合わせて、花木と掛幅が合体した大きな構図を描いてみました。

床の間の中釘は常道だと、壁の中央にしますが、拾穂園では意図的に中釘の位置を向かって左側にややずらして設置してあります。床の間の大きさにもよりますが、この微妙なずれが、茶花を床壁に掛けた際、床空間に余白の美と動きを生じるようです。有楽流の伝書をはじめ、他流の伝書にも管見では、中釘をずらして打つことは記述されていません。
 

 近代の名作庭家だった重森三鈴が、自邸に好んだ茶室において、中釘をずらして打っていたことを知り、それヒントに、いろいろ試した結果、自邸に茶室を移築する際、応用してみたのです。どの席でも有効というわけではなく、有効だと確信した広間席だけ、そうしてみました。
 中釘は自在のように上下できませんし、中釘が壁の真ん中だと掛幅との左右の釣り合いが崩れてしまうので、両者の噛み合わせは、とても微妙なバランスの上に成り立っていることは、お察しいただけると思います。IMG_9090.JPG

 

 花木と掛幅を組み合わせた趣向は、大先達の先例がヒントになりました。まったく規模は違いますが、その意を汲んで試みたものです。文禄3年(1594)9月26日、豊臣秀吉が大坂の前田利家邸を訪れた時の記録とされる『文禄三年前田亭御成記』です。全体の座敷飾りを指揮した織田有楽斎の差配のもと、池坊専好は大広間に、華道の大作「大砂物」を生けて披露しました。間口が四間(約7.2メートル)もある床に掛けられた四幅対の絵の前に、華道の大作「大砂物」を置き、あたかも猿20匹が松の枝に戯れているように見えたといいます。映画『花戦さ』では、千利休に自死させた秀吉に花戦さを挑んだ池坊初代・専好の一人手柄のように潤色されていますが、どうでしょう。記録を読む限り、総監督・有楽斎の指図のもと、専好が創意工夫をし、天才的な芸術家二人の合作ではないかと、私はみています。
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 茶花は野にあるように楚々と生けるのがいい、利休の教えを心して茶席の花を投げ入れていますが、時に歴史を踏まえて破格を試みる。茶道は伝統文化だからといって前例踏襲に終始するのではなく、現代に共鳴する芸術として創意工夫を施す。故事を踏まえて、いかにその創造精神を受け継ぐか。そんな温故知新の取り組みを今年もできるだけ続けよう、年のはじめに誓いました。