加藤おりは主宰ダンスフェス
フラメンコの超進化系
身体表現の未踏峰・ 服部絵里香
人間讃歌・人生謳歌の宴
「加藤おりはpresents 真夏のダンスフェスティバル 2022」が2022年8月3日、名古屋市千種区の千種文化小劇場で開かれました。
フラメンコを愛する13組がソロ、アンサンブルで人間讃歌、人生謳歌を踊った第一部。第二部は、古代舞を現代に再現した厳かにして躍動的な加藤さん門下の「五十鈴たたら舞」で幕開け。コンテンポラリーダンスの個性派ゲスト3人の妙技のあと、加藤さんが扇を華麗に扱いながらフラメンコの超絶技を多用したオリジナル振付曲「La fuma de oro(金の煙)」を披露して、喝采を浴びました。
同ダンスフェスはコロナ禍初年の2020年秋、「三密」を避けるため名古屋・鶴舞公園の奏楽堂(野外ステージ)を会場に、無料公演した「加藤おりはpresents 月夜のダンスフェスティバルin鶴舞公園」以来。2年ぶり2度目の開催です。
ジャンルを超えた文化・芸能の交流によって新たな伝統創造を掲げる特定非営利活動法人茶美会日本文化協会と、加藤さんが主宰するダンススタジオ「CARDAMOMO」が主催しました。
ダンスフェスは2部構成で、第一部はCARDAMOMOに集うメンバーが出演しました。ソロあり、アンサンブルあり。コロナ下にあって気持ちが萎縮しがちなところ、ダンスで喜び、悲しみ、怒り、希望を思い切り表現する人間讃歌に勇気が湧きます。人生を楽しもうという喜びが、それぞれの出演者から伝わってきて、感動的ですらありました。
出し物の編成に工夫を凝らしました。各人、各グループの長所、持ち味を生かした振り付け、衣装で変化をつけたり、照明、小道具で引き立てたり、ナレーションを付けたり、起伏ある綿密な構成が全体を引き締めました。
ソロでは、裾を長く引きずる衣装「バタデコーラ」を鮮やかにさばきながら「アレグリアス」を踊った新木マミカさん。踊る喜びが満面に表れていました。
悲しみを胸底に燃えさかる憤怒の情を「シギリージャ」で劇的に表出した鈴江あずささん。緊張感ある濃厚なドラマに、思わず息をのみました。
赤とピンクの豪華な衣装に内なる激情をたたえて優美にしなやかに「ロンディーニャ」を踊った城戸里枝さん。
城所景子さんはフラメンコの重い曲の代表「シギリージャ」をスタイリッシュに味付けして、悲嘆のどん底というより憧憬を含んで、何かを求めてやまない焦慮のような苦味が踊りから滲み出て、味わいがありました。
視覚障害のある息子駿輔さんのカホン(打楽器)伴奏で「アレグリアス」を踊った高橋文子さん親子の共演は、どんな困難、障害があっても生き甲斐、人生の潤いを失わない生きざまが、垣間見えるよう。素敵なひとときでした。
コロナ禍にあっても、加藤さんは本領のスペイン舞踊を独自に深化させつつ、活動領域を和洋に大きく広げてきました。「舞台公演が厳しく制約を受けたコロナ禍、わたしはどうしたら芸術創造活動が続けられるか、表現の場と活動領域を模索して、切り開いてきました」といいます。第二部「ダンスの競演」の冒頭、五十鈴たたら舞は、加藤さんの新たな活動を広げた復興古代舞です。
スペイン舞踊、コンテンポラリーダンス、さらに北インド古典舞踊に精通した加藤おりはさんは、和洋のパフォーミングアーツに通底する型の美を見出しました。彼女のワールドワイドの舞踊観から復活させた五十鈴たたら舞は、芸能神をまつる奈良・天河神社の巫女舞として伝承され、明治維新期に廃絶した古代舞踊です。
加藤さんんは縁あって、楽器を打ち振る五十鈴演奏復興の立役者であった故原宣之氏に就いて、五十鈴の奏法を習得。さらに五十鈴をふりながら古式のたたら舞を踊る「五十鈴たたら舞」の復興へと進みました。原氏から後継者指名を受けて、五十鈴たたら舞の普及、振興の中心人物として、後進を指導しております。
三つの鈴が連なる鈴の楽器、五十鈴の原型は、古代日本の大陸との交流の遺産です。玲瓏たる響きに合わせ舞う神秘感をたたえた舞は、加藤さんの巧みな構成によって、神楽殿での簡素な音霊奉納から、序破急の見せ場のある舞踊へと磨かれつつあるようでした。「月夜のダンスフェス」でデビューしたたたら舞は、2年足らずの間に急速に成長を遂げ、日本人の奥底に眠る霊感を呼び起こし、観客を時空を超えた世界に誘いました。
続いてゲストの3人のダンサーのソロがありました。
驚くほど身体能力の高いダンサーが登場しました。服部絵里香さんです。スポッチライトを浴びた舞台中央に滑り込んだと思うと、体を紙ごみでも丸めるように小さく折り畳んで、そこから通常ではあり得ない状態で四肢が出てきます。写真は人間バッタのような服部さんです。
中国雑技の柔軟技も凌駕する驚異の体の柔らかさを武器に、流麗かつ意外性に富んだしなやかなバネのあるダンスを展開。自作自演のダンス作品「創〜きず〜」によって、身体表現の未踏峰を征しました。
名古屋のダンスシーンではあまり見かけない服部さん。後でプロフィールをWEBで検索すると、バレエからコンテンポラリーダンスに転じた地元名古屋のダンサーでした。加藤さんのフラメンコに刺激を受けて、全身全霊を込めて踊ったようです。独自の表現スタイルがあってこれだけ踊れるのに、出演機会が少ないのは惜しい逸材だと感じました。
東京から、ヒップホップ出身のコンテンポラリーダンサーの渋谷亘宏(のぶひろ)さんが来演しました。ブレイクダンス調のダイナミックな踊りでソロ作品「memory of skin」を披露。ある男に去来する心象風景を踊り、詩情があり、余韻が残りました。
加藤さんと近年、共演することが多いモダンダンスの倉知可英さんは、ドビュッシーの代表作として愛されるピアノ曲「月の光」をモチーフにした自作「velvet moon ~同じ月を見たい」。2018年に長逝した師匠の折田克子さんがよく踊ったという同名曲を取り上げて、レースで顔を隠した前半は折田克子師を演じ、後半は顔を出して自分自身の境地を踊る一人二役のダンスです。月の光の美しい旋律にさまざまな異音が入りまじる宇宙的、未来的な音響のもと、全身朱の衣装のまま回転するシュールな雰囲気の作品でした。
倉知さんと目に見えない紐で導かれるように、加藤さんが舞台に登場しました。トリは、加藤さんが扇を華麗に扱いながらフラメンコの超絶技を多用したオリジナル振付曲「La fuma de oro(金の煙)」です。曲種の「グアヒーラ」は、スペインの植民地だったキューバ民謡の影響を受けており、どこかノスタルジックで明るく優美なフラメンコです。
加藤さんは、複雑な足技を織り交ぜて、音楽を次第に極限まで速めて、加速しつつ回転して踊る超高難度のフラメンコに仕立てました。原曲は男性を挑発するようなエロティックな身振りを伴うことが多いところ、露骨な腰振りはなく、人間離れした超絶技を尽くすことにより、全身から匂い立つような濃厚なフェロモンを発します。
演奏陣との掛け合いが白熱。超難度をそれとは感じさせずに手の内に入れて、危うげなくしなやかに優美に、時に熱くダイナミックに、踊り切って満場の拍手を浴びました。フラメンコの超進化系を現出させました。
カンテ:丸山太郎。ギター:佐久間瑛士、パーカッション:城戸久人
文・長谷義隆=WEB茶美会編集長・舞台芸術ジャーナリス
なお、会場で次の2022年12月21日(水)の公演が発表されました。特定非営利活動法人茶美会日本文化協会とCARDAMOMOが主催する「弦・踏・舞」です。スペイン舞踊から日本の古代舞まで舞踏の翼を和洋に大きくひろげる茶美会日本文化協会理事の舞踊家加藤おりはさんを結節点に、近年進境著しいギタリスト佐久間瑛士さんの自作ギター音楽、五十鈴たたら舞、加藤さんの新潮流のスペイン舞踊がセッション。日本最大級の能舞台・名古屋能楽堂という格調高い劇場空間を会場に、和洋のジャンルを超えた一夜限りの弦・踏・舞が繰り広げられます。9月中旬にチケット発売予定です。