味わう

味わう

初夏の風物詩と平和祈念と
伊藤宗観さん木曜会五月釜
コロナ前の客足戻る

IMG_5967.JPG

 ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、平和を祈るを思いを、季節感を大切にする風流韻事にどう織り込むのか。一つのありようが2022年5月12日、名古屋市北区の料亭志ら玉で開かれた木曜会五月釜で示されました。席主は裏千家業躰の伊藤宗観さんです。流儀に立脚しつつも、流儀に終始しない自在さ。吟味した茶器を適材適所に配し、雅味ある品位高い取り合わせが、伊藤さんの真骨頂です。

IMG_5974.JPG

 会場の志ら玉2階の茶室は、本席の他に袴付、寄付、待合席と計4つの床があり、この床の掛け物をどう組み合わせ、どう本席に導き、結びつけるのか。悩ましくも、席主の腕の振るいどころです。
 伊藤さんは、入江為守・森村宜稲合作になる早苗画賛、知止斎徳川斉荘筆の時鳥画賛という時候の掛け軸を、惜しげもなく前座に出して、本席への期待を高めます。

IMG_5947.JPG
 一方で、待合床は季節感から転調し、平和の祈りの間としたのが、見識の高さだと感じました。裏千家鵬雲斎筆の一行「平和祈念」の前には、ウクライナ国旗にロシア土産の香合を重ねて、さらに白檀の香木3枚に「平」「和」「平」と書いて、まず和平を講じて平和の日々が1日も早く来ることを切に願う思いを込めました。
通常であれば、この取り合わせで十分、3度茶会の本席が成り立つ贅沢な掛け軸の使いようです。

IMG_5954.JPG
 さて、季節感と平和祈念の亭主の意図を胸に受け止めて、本席に入れば。
華麗な料紙に優美で品位ある書幅が目に飛び込んできました。後西天皇の宸筆です。「道の辺に清水流るる柳陰 しばしとてこそ立ちどまりつれ」など2首が流麗に散らし書き。漂白の歌人西行が爽やかな初夏を歌った名歌です。ウクライナの惨劇を日々ニュースで接するこの時勢、美しい街が次々破壊されて人の命が虫けらのように扱われる彼の地を想うとき、この歌はまた違った意味合いを帯びて、胸に迫ってきます。

IMG_5952.JPG
 豪快な鉈づかいを見せる竹つり舟は、裏千家の礎を固めた仙叟宗室の作。大振りで力感みなぎる傑作と見受けました。竹の花入の在判、銘書付は本来、目立たないところにさりげなくするものだと思いますが、この花入については、歴代宗匠が箱書き、朱書きしていて、花入本体にも目立つところに2箇所も朱書きがありました。ちょっと異色です。
花は、箱根空木に鴎づるを絶妙に組み合わせて、清水流るる初夏の風情を醸します。
香合は、平瀬家伝来の蒟醤藤の実。本時代の蒟醤で、しかもやかましい藤の実形は極めて稀ではないでしょうか。かの平瀬露香筆の覆い紙が付いていて、露香愛用の逸品であることが分かります。
本茶会の前夜、岐阜・長良川の鵜飼が開幕しました。初夏の到来を告げる鵜飼に因んで、鵜籠に菓子は川口屋製の銘「若鮎」。席主が「どれをとっても、皆サイズは同じですよ」と言うと、席中に笑い声が。沢栗舟形の煙草盆が、鵜船を思わせます。

IMG_5956.JPG
 初夏の風物と平和の祈りのモチーフは、さまざまに変奏されて、例えば面取筒釜の干網笹舟文、敷板の玄々斎好み常盤、不見斎作の茶杓・銘「早苗」、楽宗入の黒楽茶碗・銘「さざれ石」、替え茶碗の玄々斎手造り黒楽・銘「笑翁」という具合です。

IMG_5962.JPG
 点前座の格調は、初風炉にふさわしく、華やかな扇棚に古七宝の台鉢がの水指がよく映っておりました。
取材した席の正客はなぜか何ら声を発せず、黙りこくったまま。見かねた次客が時々、亭主に道具を尋ねたりしましたが、亭主と正客の含蓄あるやりとりが聞けなかったのは、惜しまれます。
 この日は、コロナ前に戻ったような大勢のお客。喜ばしいことです。一席の回転を速めるためか茶会は進行が良すぎて、菓子の籠が回ってきて、一服をいただいた頃には、お点前は既に仕舞いがけ。すぐに終わりの挨拶があって、干菓子をいただく暇もないまま。茶興をよく味わう間もなく一会は終わってしまいました。後ろ髪をひかれる思いでした。余情を残す一座建立を成し遂げつつ、効率的な席運営。大寄せ茶会ならずとも、主客ともに心がけたいところです。

IMG_5948.JPG