「雪持ち松」「雪笹」
降る雪に伝統文様を思う
亡き名人を偲ぶ年の瀬
愛知、岐阜両県に広がる濃尾平野の真ん中にあるわが茶室、拾穂園。数年ぶりに雪が積もり、庭の景色が一変しました。門松に雪が降り積もり、雪の重みに耐える松の枝に、はたと歌舞伎の1シーンが脳裏に浮かびました。
大阪松竹座で見た中村吉右衛門さんの『菅原伝授手習鑑~寺子屋』の松王丸でした。菅丞相の子を救うために我が子小太郎を身代わりにたてる夫婦の悲劇が描かれます。松王丸が着る「雪持ち松」の衣装は雪の重みにひたすら耐える松の枝のごとく、本心を隠し、じっと耐え抜く心を表しております。大きな芸容と高い品格、そしてチャーミングな故吉右衛門さんの演技を生で二度と見ることができない。名優の死が惜しまれる年の瀬です。
雪に降りかかる日本の伝統文様といえば「雪笹」。雪が舞い落ちる風景を器の模様としたのは、江戸時代前期、京都を代表する陶工の一人 尾形乾山です。久しぶりに実際の雪笹の景色を見ようと、庭に出たら、すでに雪笹は雫となって落ち果て、笹に雪はありません。残念です。
家蔵の器に雪笹文様がいくつかあったのを思い出しました。その一つが、もう何年も眠ったままだった尾形乾山の雪笹文菓子器です。家蔵の乾山は、綿をちぎったような大きな雪片が降る「牡丹雪」。乾山とほぼ同時代を生きた尾張徳川家の茶堂、幽蓬軒山本道傳が所持したようで、珍しく道傳本人が箱書きしております。
思い入れのある、乾山雪笹の写しの鉢もあります。名古屋の楽焼・八事窯で焼かれた物です。技芸抜群だった能楽笛方藤田流11世の藤田六郎兵衛さんから頂戴したものです。親しくお付き合いしておりましたが、歴史ある某文化賞に推薦したところ、めでたく受賞が決まり、後日会食した際、帰りしなに「記念に」と頂いたものです。
芸境いよいよ深まらんとする64歳にして、不帰の人となった六郎兵衛さん。シテ方観世流宗家の観世清和さんから「百年に一度の逸材」と惜しまれて、この世を去ってもう3年余。
降る雪に、逝った名人たちをしのぶ歳末です。