一器・一花・一菓
〜鬼才・加藤高宏の黄瀬戸オブジェ〜
サロンで朗読・演奏・お茶・舞コラボ
花は即興 投げ入れ
板状粘土をグニュっと折り曲げて灼熱の炎で焼き上げた、屹立する巨大なオブジェ。タタラ板と呼ぶ板状粘土を筒状に丸めただけの、シンプルな造り。窯の中で自然に入った雷光のような亀裂。心にくい場所に打たれた緑の斑点、胆礬(たんばん)。焼成がデリケートで最も難しい焼き物とされる黄瀬戸。上品で端正なフォルムを特徴とする黄瀬戸の伝統に反逆するように、このエネルギッシュで歪んだフォルムを生んだ放胆さ。作家は、あの加藤高宏さん。祖父・加藤唐九郎、父・加藤重高と名匠の血脈を受け継ぎ、茶陶に独自の境地を拓く現代陶芸の鬼才です。
2023年9月23日、岐阜市の個人邸であった加藤高宏さんが主催するサロン公演、神音と茶の湯ー「宙(そら)」と「掌(たなごころ)」ー。本公演の構成・演出をした舞踊家加藤おりはさんから、茶の湯の監修と助っ人を頼まれたのが、今回のご縁でした。
加藤高宏さんは茶道に傾倒していると聞いていたので、茶の湯に適った自作を用意してくれてるだろうと踏んでいたところ、茶会前夜になって、打ち合わせに行ったおりはさんから「明日の花器はこんな感じの黄瀬戸」と知らされました。高さは、なんと約50センチ。
茶席に映える花入の高さは、伝統的に27、28センチ。大きくてもせいぜい35センチまで。50センチはもう規格外。通常の花入の6、7倍の容量があります。手がかりは、窯出しの際撮影した正面からのワンカットのみ。
ふううっ。「これって、挑戦状だな」。通常サイズの花入を想定して用意していた花材は、すべてリセット。花は野にあるように、の伝統的な茶花では、このオブジェに呑まれしまう。オブジェに走る亀裂や割れ目を生かして楚々と生ける手もあるでしょうが、オブジェの形状がどうなっているのか、分からない。一枚の画像を頼りにイメージするしかない。何をどう生けるか、しばし思案。水漏れなどを考慮して花を挿す容器「落とし」が入るのか‥‥。いろいろ考えても埒があきません。
明日朝までに用意できる草花を考えて。えいままよ。ぶっつけ本番に臨みました。
会場は、長良川を越えた先にある岐阜市の住宅地。その一角にある3階建ての瀟酒な館。通されたのは庭に面した8畳の和室。床の間に、でっかい黄瀬戸がデーン。「あのオブジェに、かっこいい花を生けてもらえるのですね」。スタッフから声を掛けられました。
公演タイトルの副題「宙」と「掌」を象徴する、加藤高宏さんの造形を生み出す両手の写真が、床の間の軸代わり。写真とその造形物である黄瀬戸オブジェに映る、花をどう生けるのか。うーん。冷や汗が出ました。
あいにくこの日は先約があり、用事を済ませてギリギリに会場入りせざるを得ず。花を入れる時間はわずか。なんとか、オブジェに落としは収まりましたが、向かって左側は逆八の字形に筒が開いており、そのままでは落としが丸見え。用意した草花のうち、葉蘭多数をまずざっくり入れて、黄瀬戸のフォルムが放つ気の流れに合わせるように葉を配りました。その上で、葉蘭を適度に間引き。客に見られたくない落としは、葉で目隠し。そこへ、白とピンクの菊花を垂直に屹立させ、彼岸花に似た黄色の鍾馗水仙を手前に投げ入れ。軸代わりの写真と強烈な存在感を放つ花器との間に、みなぎる緊張感と親和性。両立を狙ってみました。
しかし、鬼才からのいきなりの挑戦状に受けて立つには、いかにも準備不足は否めません。このオブジェに対するには、もっと構成を練って、臨む必要があります。自分では満足がゆく花ではありませんでしたが、お客には好評だったようです。
後で調べると、このお屋敷に本拠を置くのは、知る人ぞ知る「アナスタシア・ジャパン」。不思議なオーラをまとった女性が席入りして「わあー」と歓声をあげていました。その代表だったと、後で分かりました。
陶芸家はその精神の所産として陶土と釉薬で作品を造形し、後は窯の炎という神の領域に作品の完成を委ねます。加藤高宏さんは、美濃桃山陶を復興した陶芸の巨星、祖父藤九郎以来の技、土と窯場を受け継ぎ、自らの創意を具現化した作品を、この日、館の各所に多数展示しました。
床の間のある和室が待合で、薪ストーブがある山荘風のリビングが主会場でした。加藤高宏さんの意向を肉付けして、全体の構成・演出を担当した加藤おりはさん。茶碗以外はおりはさんが手持ちの道具を持参し、異色の取り合わせをしました。
「神音と茶の湯」の公演タイトル通り、ピアノとアイリッシュハープが奏でる中、あたかも神言を唱えるように古今東西の名言を朗読する加藤高宏さん。その傍らで、舞うのように超スローテンポで優美にお点前をする加藤おりはさん。志野、瀬戸黒、黄瀬戸などの高宏さんの、なんとも個性的な茶碗で抹茶が振る舞われました。主役であるべき高宏さんを立てつつ、実はアイデアを出してシナリオを作り進行を仕切ったおりはさん。
終盤、加藤おりはさんが主導する古代舞「五十鈴たたら舞」が披露されました。どの一瞬を切り取っても、絵になる様式美に満ちた幽玄の舞でした。
加藤高宏さんは陶芸だけに収まらず、自己が心酔する世界観への表現欲をこの日初披露しました。舞台のプロであり舞と茶の湯の両刀遣いの加藤おりはさんの支えがあって、サロン公演の第一歩を踏み出しました。「窯ぐれ三代目」の実験的な試みは続きそうです。