見る・遊ぶ

見る・遊ぶ

4年越し懸け釜 閨秀の誉れ
裏千家・澤口宗輝さん
熱田さん「又兵衛」薄茶席
銘が織りなす茶趣

IMG_1391.JPG

茶どころ名古屋の月釜を代表する熱田神宮の月次茶会は2023年9月15日開かれ、裏千家愛知第一支部の澤口宗輝さんが薄茶席を担当しました。澤口さんはコロナ禍初年度の2020年9月に登板予定でしたが、以来、21、22年と3年連続、疫病に翻弄されて休止。同支部幹事長の飯田宗林さんが運よく9月担当のくじを引き当て、4年越しで念願の9月の懸け釜を果たされました。

IMG_1390.JPG
月次茶会の茶席はコロナ禍前に戻って、薄茶は入母屋造り茅葺の田舎家茶室「又兵衛」。田舎家は戦前、数寄者の間で流行。野趣ゆたかな茶風を楽む、希少な遺構です。もと岐阜県飛騨地方の合掌造りの民家。国の有形登録文化財です。

 席主は裏千家業躰で名古屋茶道界の重鎮だった故・伊藤宗観さん門下。澤口さんは志野流の香人でもあり、文雅に優れた知る人ぞ知る閨秀茶人。自身の茶道教室「カメリア会」を主宰し、後進を育てています。裏千家茶道の本流を踏まえつつ、流派を超えた茶の美を追求した伊藤宗観さんの薫陶よろしく、内剛外柔、宗匠のスピリッツを受け継いだ方と拝察しました。

IMG_1396.JPG

寄付掛けは、狩野派絵師の晴川院による秋山水図。遠山を背景に雁行して空行く鳥の群れ、眼下には葦辺に孤舟が船泊。雄大な秋景を描いています。これを受けて、香合は菊花盛んな長月にふさわしい本時代の菊花蒔絵錫縁香合。梨地の蒔絵の金粒のまばゆさは純金の輝き。16弁の菊花をモチーフにした図柄もオリジナリティがあり、大変格調高いものです。

IMG_1393.JPG
「20年前に手に入れて以来、なかなか使う機会がなく、今日が初遣いです」。席主の言葉を裏返せば、満を持して、この席で秘蔵の逸品を披露したことが伺えます。

棗は初代金城一国斎の勝虫蒔絵の中棗。トンボは前だけ進むことから、勝利を呼び込む「勝ち虫」。サッカー、ラグビー、バスケットボールなど日本勢の世界戦での活躍にエールを送る意味合いが込められているのでしょう。タイムリーなトピックを茶席に呼び込む、席主のエスプリです。広島で歴代根を張る漆芸の家として知られる一国斎ですが、「金城」の名字の通り、初代は尾張徳川家小納戸御用。当地ゆかりの漆芸家の出自も思い起こされ、この棗一つとっても、話題が膨らむ趣向です。

茶杓は、裏千家13代円能斎の歌銘の「月影」。席使いの茶杓は鵬雲斎の銘「菊慈童」。ともに銘が時宜、茶趣に叶って、銘と茶杓の景色が響き合う美杓。宗家の茶器をただありがたることを脱し、自らの審美眼に合うものを選び取る目筋の良さ。ハイセンスの数々。心が弾みます。

IMG_1395.JPG
裏千家流のベテランが「ほおっ」と珍賞していたのが、11代玄々斎手造りの赤楽茶碗・銘「心の錦」でした。「今日庵御庭焼」の箱書きがあり、玄々斎の時代、裏千家には一時期、御庭焼があったことが分ります。

席主は十数年前に、愛知・稲沢市の国府宮神社で月釜デビュー。それ以来の月釜の担当とお聞きしましたが、茶人の琴線に触れる名品、珍品を自らの審美眼によって選び取って、この席に結実させたことが、物言わぬ茶器からビンビン伝わってきました。

IMG_1392.JPG
さて、本席の掛け軸は、円能斎の鈴絵賛「神光照大地」。茶道が衰微した時代、ひっそくした裏千家が盛り返す礎を築いた13代円能斎は今年が百回忌。近代茶道の恩人でもあります。大地を照らす神の威徳を謳った絵賛は、熱田神宮の月釜にふさわしく、席主の敬虔な気持ちが伝わってきました。神鈴の妙音は、泉下の師匠にきっと届くことでしょう。

IMG_1387.JPG

花入は、広沢池の竹で神楽岡不入が作った竹の尺八花入、銘「広沢」。銘「白秋」のホトトギスに、仙人草、萩をリズミカルに投げ入れ。カンディンスキーの抽象画を見るような感興が沸きました。月見の名所ゆかりの竹で、風雅を愛でる古来の趣向に、現代的センスを盛って。

茶器の銘、ゆかりの地から連想される文芸、風雅の世界を巧みに取り込んで、茶趣を幾重にも時空を超えて織りなす。閨秀の誉れ、ますますたかし。

IMG_1389.JPG
さて、点前座に目を向ければ、伊勢神宮宇治橋の残材で造った結界を背景に、風炉の最高峰、筑前芦屋の端正な「唐金眉風炉」に、にょきっと屈起した道也の大雲龍釜。水指は、常滑焼の名陶工、上村白鴎の作。見どころたっぷりの備前焼風の常滑焼に、ハンネラの蓋がよく映って、本格の寂び道具に地元愛を寄り添えて、その緩急の取り合わせの妙。席遣いの正客茶碗は、楽慶入の黒平。同時代の工芸家にも目を向けて、蝶を彫った銀製菓子器は、当代長谷川一望斎夫人の作でした。九月半ばになっても蒸し暑かったこの日、見た目も涼やかな菓子と映りあっていました。

IMG_1388.JPG

煙草盆の一式は、敬老の日間近を意識してか長寿のシンボル蝙蝠をあしらった松花堂好の木地煙草盆に輪花形の本時代の織部焼の火入。「ござ目」が珍しい華奢なキセルは、師匠遺愛の本歌をよく模したという時代のもの。亡き師匠への追慕の情がにじみます。

寄付にいらした宗観夫人の伊藤宗房さんに「いいお弟子さんですね。立派な釜をかけられ、泉下の宗観先生もさぞお喜びでしょう」とお声がけすると「本当にねえ」と目を細めていました。
IMG_1394.JPG
もう一席の尾州久田流下村宗隆家元の濃茶席は後日掲載します。

©️sabiejapan.com