密教風の野点空間「尾張高野」に
有楽流・長谷義隆さん随所に創意
サプライズ上演も
茶美会大茶会 薄茶席編
時にコンサート会場にもなる和風モダン建築の喫茶・談話室をいかに、茶の湯空間に見立てるのか。席主の空間構成力が問われたのが、薄茶席でした。名古屋・八事山興正寺で2023年5月14日開かれたNPO法人茶美会日本文化協会主催の「弘法大師御誕生1250年記念 茶美会(さびえ)第2回大茶会」。21年11月の第1回開催時にはメインの濃茶席を担当した有楽流拾穂園は、今回は薄茶席にまわりました。4月下旬に柿落としされた境内普照殿一階の「ライブラリーサロン華宮」の新装開場を記念して、茶会使用の先陣を切りました。
野点の発祥とされる、千利休が博多・箱崎の松原の松の枝に釜を吊るして茶を点てて太閤秀吉をもてなした「茶掛けの松」の故事。これにちなんで、サロンの支柱を「茶掛けの松」ならぬ「軸掛けの松」に見立て。毛氈を敷いて床の間、点前座、客座を床面に設けて、そこでやり取りされる主客の茶振る舞いを、床几などに腰掛けた連客が茶・菓をいただきながら眺め、ともに野点気分を味わう。劇中劇のような野点風情をーー。そんな狙いが込められていたのでしょう。
寄付では、茶箱の優品を展観。中でも、茶箱サイズの狩野探幽の「寿老人図」小幅は珍品中の珍品。明治時代の岐阜政財界の重鎮で有楽流茶人だった和楽庵加藤與三郎の売立目録所載で、元は和楽庵所蔵の大茶箱にあったのが離れて、拾穂園の所蔵となったものです。表具もごく上等。一文字風帯は表装裂の最高峰とされる「紫地印金」が使われているなど、その愛蔵ぶりが偲ばれます。
なぜ、寿老人なのでしょうか。それは「なごや七福神」と呼ぶ名古屋市にある七ヶ寺の札所の一つが興正寺で、寿老人の札所であることにちなんでのこと。
二つ折り屏風を寄付床に見立て、中央に「寿老人図」小幅を掛けて、前に置いた立礼卓に、茶箱や有楽流先人ゆかりの香合、茶杓を飾って。屏風で仕切った向こうが茶席エリアという見立ても好ましく、オープンスペースながら寄付からは床の間あたりは見えず、茶席エリアに進んで初めて、掛け軸や室礼が現れるように計算されていました。
毛氈の客座を含めて、茶席エリアは35人余が座れるよう床几や、窓際に円座などが配置され、ゆったり。野点席というと屋内、屋外とも野点傘に短冊、あるいは扇面を掛けて、掛け花というのが定番ですが、その定番に依らず、伝統的でありながら独自の室礼が工夫されていました。
床の軸は、大空間にも映える堂々の一幅。尾張藩主・徳川宗春の命により興正寺第5世を継ぎ、興正寺中興の祖といわれる諦忍妙龍(たいにんみょうりゅう 1705〜1786年)の一行。「孤雲無定処」。弘法大師空海の「性霊集」の「孤雲定まれる処(ところ)無し、本より高峰を愛す 人里の日を知らず、月を観て青松に伏せり」の一節です。はぐれ雲はとどまる事はない。もともと高い山が好きなのだ。他人がどう思うのかはどうでもよい。志(月)を観て松の根本に眠るだけであるー。山岳修行に明け暮れた空海の境涯を示す一節は、「尾張高野」興正寺で開く大師御誕生記念の一会にふさわしく、密教の書に詳しい有識者が「おおっ、諦忍妙龍の名筆。よくぞ、掛けてくれた」と感嘆しておりました。
紅の蛍袋にコバノズイナを添えて、美濃桃山陶の仏花器に投げ入れ。遠州流花道好みの華奢な花台の上に、西蔵密教の法具、仏面を象った柄を有する五鈷鈴を飾って、根来塗の大ぶりな張抜の風炉とも相まって、密教風とでもいうのでしょうか、ちょっと他に類がない茶の湯の室礼が現出しました。
武家茶道の古流、有楽流にはこれまでなかった茶箱の点前を今回、拾穂園主、長谷義隆さんが新たに考案。鉄瓶、盆を使った略点前ながら、客を常とは違う左手に迎える"逆勝手"版です。茶碗の呑み口を意識して湯を捨てたりする"魚道すすぎ"の手を加えるなど、略盆点て茶箱の簡潔な所作の中に、古流ならではの伝統が息づきます。優美にして剛健なお点前が繰り広げられました。
創意工夫は随所に伺え、炭火不可のため、電熱を熱源とする風炉まわりのアラ隠しに楓の若葉で覆って、さりげなく伸ばした若葉の枝で電気コードを隠したり。結界にも武家茶道らしいアイテムが取り合わされたり、菓子も甘辛2種を一緒に出したり。お茶の初心者も、ツウも楽しめる工夫が凝らされていました。
現代美術・舞台芸術の評論家で現代俳句の泰斗、馬場駿吉さんら文化人、アーティストが何人も来場。この4月に馬場さんの俳句をモチーフにコラボレーション舞台公演「耀変」を上演した舞踊家加藤おりはさんが、着物姿で優雅な点前を披露。馬場さんは、初めて見る加藤さんの点前を熱心にご覧になって、茶を喫していました。
茶会の序盤、服部絵里香さんのコンテンポラリーダンスと佐久間瑛士さんのギターによる即興ライブが、薄茶席でサプライズ上演。茶客の目と耳を奪いました。伝統の上に立って現代に響く斬新な茶の湯を提案し、異ジャンルとの相乗効果を図る。茶美会大茶会らしい趣向です。馬場さんもライブを鑑賞し、上演後、出演者らと笑顔を交わしていました。
床面積約170平方㍍の同サロンは、天井材も床など天然木をふんだんに使った和風モダン感覚の空間。普段は約60脚の椅子・ソファ、テーブルがゆったり置かれ、興正寺主催の講演会や、ピアノの名器1916年製ベヒシュタインが常設され室内楽公演などが開かれています。
八事山の木々、竹林を借景にした風光明媚な中庭に面し、参拝に訪れた人の休憩場所、気軽に僧侶と語らい、交流できる場として設けられたものです。
次回は、志野流香道による組香席を紹介します。