見る・遊ぶ

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「濃茶+立礼薄茶」入念に
森宗美さん苦心の豊国月釜
華やぎの寒牡丹 銘菓味比べ

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 豊国神社献茶会の初釜は2023年1月29日、名古屋市中村区の中村公園内の公共茶室で開かれ、愛知県半田市の裏千家茶人、森宗美さんが入念な濃茶席に続いて、別席に設けた立礼席で薄茶を振る舞う、華やぎのある丁寧なもてなしで客を楽しませました。

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 献茶会の予定では、"一席ニ茶"の濃茶の続き薄茶だったのを、森さんは「一席あたり40〜50分かかって、客は長時間の正座を強いられるし、コロナの感染対策上もあまり好ましくないし。お客の待ち時間も長くなって」と見識高く、予定を変更。濃茶と薄茶を分離して、玄々斎のめでたい懐紙を掛けた濃茶席はオーソドックスに、薄茶は書院建築の記念館を2部屋ぶち抜いて立礼席に模様替えし、常ならぬ配置で月釜会場の面目一新。大胆なアイデアで、茶客を驚かせました。
 ただ、別棟の席に2ヶ所釜をかけるとなれば、スタッフもお道具もざっと2倍要ります。なまじの茶人に真似ができない芸当です。東海4県12支部を束ねる裏千家淡交会東海地区委員長という率先垂範の立場を超えて、持ち前の細やかな気配りがなせる業だと拝見しました。

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 常は薄茶2席がかかる献茶会ですが、1月の初釜と11月の開炉を特別会として濃茶続き薄を採用。連続して濃茶、薄茶の点前をするため通常だと一席40〜50分はかかります。茶席の効率的な回転が求められる大寄せでは、勢い薄茶点前を省略したり、席中の茶器拝見を一部割愛したり、と。席主によって随意、融通無碍。

 以前入った濃茶続き薄では、入退室を時間を計ってみたら「わずか一席25分」。常の薄茶一席と変わらない、2倍速のスピードぶり。せわしないことおびただしく、肝腎要の「もてなしの心」はどこにいったのやら。ジェットコースターのようなスピード展開は、ある意味楽しかったけれど、客はけの回転重視と茶味の両立はどうも難しい印象があります。

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 森さんはこの日、常に使う広間席「桐蔭」を濃茶席とし、桐蔭に付属する待合に森村宜稲筆の雪中福寿草図を掛けて、その前に炭道具、茶入、茶杓、主茶碗を飾りました。炭を組んだ唐物の炭斗にあつらえた炭道具一式の取り合わせの妙、古瀬戸の瓢茶入・銘「千成」は太閤秀吉の馬標を彷彿とさせ好ましく、円能斎の共筒・共箱茶杓は銘「神楽」、高麗茶碗の尼呉器・銘「松籟」と、豊国神社献茶会の初釜に相応しい格調高さ。

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 席入りすると、青々とした枝葉と古木を従えた豪奢な寒牡丹が、唐物もかくやという古道弥造の龍耳唐銅の花入に。ご馳走様です。早咲きの寒牡丹の名産地、島根の大根島から取り寄せたそうです。「今年の寒さに葉は痩せ細っていて、この日に間に合うかしらと、心配しましたが、叱咤激励して、なんとか成りました」。牡丹の蕾の膨らみ加減といい、枝振りの良さといい、運気上昇の精気が立ち上ります。森さんは、牡丹さながら莞爾と顔をほころばせました。

 軸の玄々斎懐紙は、唐の詩人・羅隠が鶴と亀の不老長寿を詠んだ漢詩の一節。大名・大給松平家に生まれた玄々斎の教養の高さが感じられる一幅です。 

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 兎をかたどった摘みが目を引く諏訪蘇山作の青磁の香合は、裏千家家元初釜の福引で引き当てたという拝受の品。こいつあ、春から縁起がいいとばかり「こんなこと初めてでとても嬉しかったですね」。が、帰りの新幹線では重い気持ちになったとか。「お礼のお手紙が書かなくてはいけないと思うと」。正直な気持ちを吐露してくれました。

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 重菓子はお膝元・半田の名店、松華堂製の花びら餅。桃色のこし餡に隠し味に入れた粒餡をふくよかな餅皮で包んであり、まことに美味。濃茶に続いてそのまま、干菓子、煙草盆が出されて、続き薄茶になるのかな、と思っていたら、「薄茶は別席で」というではありませんか。驚きました。

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 余情残心の濃茶席を後にして、薄茶会場に大正天皇が遊覧した書院建築、記念館へ。常の待合と次の間をぶち抜いて、2間続きの立礼席に模様替え。華やいだ「御園棚」を据え、文化財建築の畳を傷めないよう、養生のゴザを敷き詰め、テーブルには白布を掛けるなど、この室礼の段取りだけでも、手間暇惜しまない席主の心意気がうかがえます。

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 森さんに代わって、娘さんが席主を務めます。丁寧なお点前で供された薄茶碗は、当代中村道年の新作の兎絵赤楽。兎の後ろ姿がなんとも愛嬌がありました。

 薄茶だから、てっきり干菓子だと思っていたところ、案に相違して、こちらも松華堂製の生菓子「千代の糸」。熟練の職人が丹精込めた銘菓を、まさか両席で味わえるとは、まさに口福、口福。

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 床は座忘斎筆の扇面「直心是道場」。薄茶席にはなぜか、茶花がなく、椿一輪なりとも添えてほしいと感じたの、私だけだけでしょうか。

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 さて、これだけのお道具を、知多半島の半田から運搬して、2席を整えた苦労を問うと森さんは「車一台ではとても、とても。お弟子さんの車に振り分けて運んでもらいました。大変でした正座ばかりではお客様が大変な人もいるので、薄茶は立礼にしました。養生のゴザは、母の時代から使っていたのがあったから、できましたが、もう、大変すぎて。次から、できないですね」としみじみ。

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 濃茶の続き薄の大胆な分離作戦は、お客にとってはサプライズのある楽しみでしたが、向後のモデルにはなかなか成りにくいようでした。主客とも納得がゆく効率性と茶味の両立、大寄せにおいての濃茶の続き薄の試行は、まだ続くことでしょう。

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 次回、2月19日(日)は、書院の記念館席が葉月会、小間の豊頌軒席が裏千家の神谷宗正さんが担当します。当日券は2,500円。年会費は12,000円です。