見る・遊ぶ

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暁に咲き夜香る梅の花
神谷宗節さん描く詩歌の世界
豊国献茶会きさらぎ月釜

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 「暗香浮動月黄昏」。林和靖(りんなせい)の有名な梅花の詩句が描く幽玄世界が、茶席に現出しました。裏千家神谷宗節さんが2022年2月20日、名古屋・豊国神社献茶会で席主を務めた薄茶席は、梅花を巡る詩的な世界をイメージ豊かに描き、芳しい香りで会場の中村公園「記念館」を満たしました。

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 暗香‥。月もおぼろな黄昏(たそがれ)時になると、微かな香りがどことも知れず、ほのかにただよう。中国・北宋の隠逸詩人、林和靖の詩歌です。席主はこの詩歌を踏まえてのことでしょうか、寄付に江戸後期の画人狩野探淵の「暁の梅」図を掛けて、梅花咲く早春の一日が黄昏れる頃の風情を、本席に懸けた神楽丘不入の画賛「月に閑」に託しました。

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 銘「夜の梅」のきんとん製菓子(両口屋是清製)は、宵闇にほのかな香りを漂わすよう。銘々菓子器に見立てた永楽和全の梅花形紫交趾の向付に収まり、さながら暗闇に香る梅。寄付・本席の軸と呼応して、まさに暗香浮動月黄昏の詩情が、茶席に立ち上がりました。

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花は魯山人の備前焼花入に、冬咲きの寒あやめ、紅白の鶯神楽(うぐいすかぐら)。厳寒から早春に向かう季節の変わり目が鮮やかに表現されております。

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茶碗に格別の執心がおありのようで、寄付には仁清の松葉の絵入り御室焼。箱書きは、小堀家伝来の銘蟠竜写しと読め、割高台の高麗茶碗を模した仁清焼なのでしょうか。異風、異形の茶碗です。

会記には載っていませんが、江戸後期の尾張藩士で陶芸名人だった平澤九朗の銘「無一物」赤楽茶碗はレアものと注目しました。名古屋城お庭焼「萩山焼」の窯で、九朗が焼いた珍品です。茶碗高台右脇に「於萩山 九朗造」とヘラ書き。九朗の「松」の陰文の印が押され、さらに高台左脇には「萩山焼」長方印がありました。萩山焼は小規模な楽焼の藩窯。遺品が少なく、九朗作が歴然とする萩山焼に出合ったのは初めてです。

幕末・明治の元尾張藩藩士で遠州流茶人の横井瓢翁が「松風軒宗音」とサインした箱書きが添っており、江戸後期から明治前期の武士層茶人たちの動静が伝わってくるようです。

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席主は快活な方で、おやじギャグやら、のろけばなしやら、愉快なお話を連発。取りすましたところはなく、流派色に染まりきることなく、茶杓に仙台藩茶道の清水道簡を用いるなど、好みは数寄者に近いようでした。点前座などの取り合わせのいちいちに審美眼、趣味性が感じられます。

脇床の隅に、目をやると、きっと日課にしているのでしょう、某宗派の写経の束の上に、日課勤行集と疫病退散を願う「蘇民将来」の呪符木札が置かれていました。席主がこの茶会にいかに精魂を注ぎ、皆の無事安寧を祈願していることが分かり、心入れの深さに打たれました。