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垂涎の茶器で追善の一会
渡辺圭祥軒氏が木曜会席主
"おっさん臭"脱し雅人の域

茶どころ名古屋には、茶をなりわいとせず、茶の湯を純粋に愛好する数寄者が今なお、かなりいらっしゃいます。渡辺宗圭さんは女性数寄者では筆頭株。茶席で披歴される茶の湯の道具や歴史の知識の豊かさ、深さは圧倒的です。岐阜県可児市のご自宅や名古屋の料亭で茶事をもっぱら楽しんでいましたが、5年ほど前でしたか。席主が病気で辞退した月釜「木曜会」に急きょ登板し、中京茶道界の表舞台に躍り出た、知る人ぞ知る女性数寄者です。

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 その渡部氏が茶器収集の師と仰ぐ梶田仙庵と連名で2021年8月5日、名古屋・上飯田の茶懐石志ら玉で木曜会はづき月釜を開き、年功を積んだ茶人を唸らせる"おっさん臭さ"の領域から、俗臭を脱する茶境の高みにあることを披歴しました。

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 この日は渡辺宗圭さんは裏千家の茶名・宗圭ではなく、軒号「渡辺圭祥軒」を名乗って、所属する流派を離れて、茶の湯名品・珍品の「さび道具」をこよなく愛する自らの茶の湯ワールドを披露する決意をさりげなく示しました。

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 本席に至る「袴付」「寄付」「待合」の3部屋に、それぞれ鎌倉時代後期の三条実任筆の歌切、渡辺清画「野夕立」(小沢蘆庵色紙貼り)、江戸後期の禅僧大綱和尚の達磨画賛の軸を掛けて、本席のテーマの伏線を暗示します。「世の中は何か常なる飛鳥川‥」の歌切では無常感を、地元ゆかりの尾張藩付家老成瀬家の家臣でもあった歌人小沢蘆庵の色紙では季節感を、達磨画賛は禅味を、ぞれぞれ狙ったものでしょうか。いずれも、並の茶会なら、いずれも本席の掛け軸として通用するものを惜しげもなく使う"おっさん臭さ"。盛夏の茶会はサラッと淡々という定石は打たず、なかなかに重厚な構え。序段から並々ならぬ気合いを感じます。

 寄付には、夏向きの吟味した名品、珍品が並びます。唐物青貝香合の螺鈿の超絶技巧を凝らした美麗さ、季節感ぴったりの萩に流水蒔絵の嵯峨棗、「仁寿府」銘入りの礼賓三島茶碗の見事さ。特に茶人を魅了したのは、三宅亡羊の共筒茶杓、銘「海雲」でした。千宗旦に就いた江戸前期の茶人で儒学者です。細身で独特の茶味の中に知性が光る茶杓でした。極めは古筆了仲が「外筒」に書き付け。茶杓としては珍しい「次第」のあり様です。

 三宅亡羊の名は知られていても、作品は希少。自作の茶杓が茶会で使われることは極めて稀です。拝見の客が引くのを待って、じっくりもう一度拝見したいと別室で待機する茶人の姿が、微笑ましく、亡羊は何よりご馳走の様でした。

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 さて、本席の床には、格調高い真の表具を施した写経断簡「中聖武」が。1行17字詰3行の断簡ながら、奈良時代の写経にあって聖武天皇の宸筆として伝来した名高いものです。その堂々とした書風があたりを払います。古筆名筆を数々所蔵したことで知られる名古屋の名家関戸家の伝来とのこと。中聖武に手向けた花がふるっていました。水盤代わりに大ぶりの砂張盆に水を張り、睡蓮を浮かべてあります。蓮のうてなの趣向です。どうやら、天国に召された亡き人への追善の思いが託されていることが、読み取れました。
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 亡き人とは、連名の席主、梶田仙庵氏の奥様のことだと、席中で客対応をした梶田氏が席主の想いを代弁しました。先年、梶田氏が亡妻の遺愛の茶器を散りばめて、供養の一会をこの木曜会で催したことが思い出されました。お盆を前に重ねて追善の趣向を帯びた茶会が、親交のあった渡辺圭祥軒氏から手向けられ、亡妻T子さまはさぞ泉下でお喜びではないか、と感じました。

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 追善のモチーフはさりげなく変奏され、銘々皿は木地蓮弁形(三好也二作)、主菓子の銘「生々世々」(半田・松華堂製)、干菓子「蓮の実」(銀座・鈴屋製)と、茶会を通底するものとなり、故人を知る人も知らぬ人にも、盂蘭盆を控えた茶会として格別の雰囲気を醸しました。

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 点前座の釜と風炉の取り合わせが絶妙でした。とくに、大西浄清造の糸目姥口釜は、薄作の名人浄清の特徴がよく出ている品です。梶田氏は「この糸目の細かいこと。鐶付にまで肌打ちしてあり、羽にも累座を施してある。名人の名人たるゆえん」と解説してくれました。
 木曜会ならでは「2服点て」の暗黙のルールに則り、たっぷり薄茶2服の茶を振る舞ってくれました。

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 本来の席主である渡辺氏は、席中のトークを梶田氏に委ね、自らはお運びに徹しておりました。茶会は茶人にとって晴れ舞台。その晴れ舞台を黒子に徹し、師匠に花を持たせる渡辺圭祥軒氏の器量人ぶりに、目を見張りました。茶道具偏愛の俗臭は消えて、まさに雅人の域に入った感がありました。

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 木曜会のもう一つの楽しみは、会場の茶懐石志ら玉さんの室礼です。須田剋太筆の「懐石」の額前に、盆供養の鬼灯の鉢植えを飾り、朝顔を描いた団扇を添えて、朝茶事の寄付の風情を醸しておりました。