伊藤妙宣氏が涼呼ぶ夏の茶会
熱田さん薄茶席に清風
水をモチーフに変奏曲
茶どころ名古屋が誇る熱田神宮の月次茶会は、濃茶と薄茶の2席が趣向を競います。2021年7月15日にあったもう一席の薄茶席(濃茶席レポートは既出)は、武者小路千家の伊藤妙宣氏が席主を勤めました。武者小路千家の歴代宗匠の好みものを要所要所に配した端正な取り合わせで、涼を呼ぶ渓流巡りの趣向を演出しました。
会場は、入母屋造り茅葺の田舎家茶室「又兵衛」。戦前、財界人茶人の間で流行した田園趣味茶室の遺構です。月釜会場としては全国的にも珍しいものです。もと岐阜県飛騨北東部の合掌造りの民家。股柱など構造形式からみて現存の合掌造り民家としては最古期に属する国の有形登録文化財です。
令和3年度は感染症対策のため、濃茶、薄茶の会場変えがありましたが、7月は席主間の相談により、野趣ゆたかな「又兵衛」で従来通り薄茶が行われることに落着し、茶室の雰囲気を生かした室礼で茶客を迎えることができました。
伊藤妙宣氏は在名古屋の武者小路千家を背負ってたつベテランで「名宣会」を主宰し、多くの門弟を育てている茶人です。武者小路千家のきちっとしたお道具を見たいなら、この人の茶席に参上すべし、という存在です。官休庵の流風を体現しつつ、名古屋カラーを出す取り合わせに特徴があります。
この日の寄り付きは、復古大和絵を代表する名古屋出身の画家、田中訥言の滝の絵。深山幽谷の風情が細軸に絵が描かれいます。訥言の落款から、晩年の作だそうです。赤い毛氈を敷いた展観席に茶器や箱書きが並びますが、さらに紫の帛紗を敷いた上には宗匠手作りの茶碗と茶杓が飾られ、伊藤妙宣氏の宗家への尊敬の思いが伺えます。
本席の床を拝見して、ハッと驚かされました。正面の板床に、江戸時代後期の公家、近衛忠煕の大懐紙の和歌。京都嵐山の滝の風情を歌ったもので、結句の「滝の白玉」が涼を呼びます。唐物の竹籠に、純白の木槿に矢筈ススキに白の水引を添えて、瀑布を演出します。黒光りする板床に、茶の美が結晶しました。
滝と水のテーマはさまざまに変奏されて、主茶碗は9代好々斎宗守手造りの志野焼茶碗は銘「滝壺」。替えは、白地に流水の絵がモダンな茜窯製。さらに、連想は時空を飛んで、世界遺産の水の都へ。ベネチアンガラスのコンポートを見立てた彩色ガラスと続きます。茶器は笹に朝露が光る景色を繊細な蒔絵で表した棗。当代家元、不徹斎好みの花押入りガラス器に、銘「水鏡」の葛焼き菓子が清流を渡る景色を描きます。器に小さな梶の葉を敷いて、緑の濃淡を描く細やかな心遣いが嬉しいですね。
点前座周辺を清々しい木地で揃えて、田舎家の風情と席の趣向がよくマッチし、実に巧みな取り合わせです。一啜斎好みの木地の自在棚に「お約束」の宗匠好みの青磁平大水指を据えて、流儀の習い物の点前が披露されました。香狭間透(こうざますかし)のから見える青磁の釉色が清涼感をかもします。煙草盆は、歴代宗匠が出仕した高松・玉藻城内の松生地。永楽即全の山水染付の火入は、灰と炭をぐっと浅くして、少しでも炭の熱が客から遠ざけようとするかのようで、席主のきめ細かな心遣いがこもっています。
筆者が同席した回は、席主とじっこんのお正客を迎え、茶席の見どころ、亭主の苦心をさらりと披露しつつ、時に丁々発止のやりとりが展開されました。正客が銘「幾代の友」の茶杓を褒めると、亭主は「あなた様のためにお出ししました」。「あら。いただけるの」「はい、銘だけお持ち帰りください」。そんな風なやりとりの連続で、主客の人となりがよく出て、連客にとってはひとしお楽しい席となりました。
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