贅の極み綺麗さびの一席
古川祐司氏が熱田神宮月釜
伝来茶器を取り揃え
なんとぜいたくな。寄り付きは36畳の大広間、本席は別棟の16畳敷の書院席。小堀遠州の美意識を宿した格調高い室礼に、客は1組10人足らず。大名気分にひたれる贅沢な茶会が2021年7月15日、名古屋・熱田神宮の月次茶会に登場し、雅客を驚かせました。
会費数万円の著名茶会の濃茶級の伝来茶器を取り揃えて、「濃茶」席を担当したのは、名古屋美術商協同組合の茶道具商・古川祐司氏です。茶と花を遠州流宗家に学び、きちんと点前も習得し、綺麗さびの茶道を追求する茶人です。
長年入居していた名古屋の老舗百貨店丸栄の閉店に伴い、名古屋・東桜に新装開店してから3年。丸栄時代は古美術、陶芸好きのオアシスのようなお店で、筆者も入り浸っておりました。「古川古美術」となってからは新装開店の際に訪ねたきり、ご無沙汰しているうち、大いに実力を伸ばしていることにも驚かされました。
寄り付きは大書院「龍影閣」に会場替え。池畔に佇む明治天皇御在所だっ日本建築です。玄関の応接間に狩野派の船図。表装も見事な大幅を見たベテラン茶人が、ここで「道具屋はいいわね」のきつい嫌みを一発。会記には「七里の渡」とありますが、熱田と桑名を結ぶ東海道の海路を想起させる景色はなく、どうも席主の遊び心のよう。
靴を脱いで座敷に上がると、ともかく、広い寄り付きです。1階2間をぶち抜いて広さ36畳敷の大広間。小堀宗中の夕顔和歌の軸を掛けた幅3間(6㍍弱)もある床の間に、茶器、炭道具、煙草盆などがゆったり並んでおります。「道具屋はいいわね」の予言?の通り、唐物を多用した美術館級の道具、大名茶人ゆかりの茶器に圧倒されます。珍しさでは、莨入の「阿蘭陀文漆絵の独楽」。大航海時代の南蛮漆器の一種でしょうか。名物裂3種の茶入を従えた堂々たる夏山春慶の茶入、トンボの脚までリアルに造形した明珍造の蜻蛉鐶など珍品、名品ばかりです。
普段の茶会なら押し合いへし合いのところ、当日券を頒布せず、前年度・前々年度の年間通用券を持っている人に限って一席10人ほどに絞っての茶会のため、拍子抜けするほどガラガラです。
本席は、別棟の「千秋閣」。熱田神宮が結婚式に力を入れ境内茶室を改装し、エアコン完備した披露宴会場ともなる茶室の一つです。以前は、月次茶会の薄茶席としてよく利用されましたが、改装後は結婚式専用となったのか、近年茶会で使われることがあまりなかった建物です。
千秋閣は8畳二間を開け放って16畳の書院式の茶室です。広い床の間に、沢庵和尚筆の大横もの一行「放下着」。墨の気(墨気)が充実して、筆勢から書き手の心が伝わってきます。雄渾な名筆です。名だたる豪商伝来というのも嬉しい一幅。中国・明代の唐物棚の上下に、唐物堆朱の香合、青磁不遊環の花入を飾って、大名茶はかくやの豪華な取り合わせです。花は、純白の遠州むくげに、オレンジ色のヒオウギを添えて。かのベテラン茶人がまたまた辛辣なお言葉。「私なら、遠州むくげ一種にするわ。その方が格調高い」と。
n席主は、その言葉を受け止めて「先代の小堀宗慶宗匠は、真の花に可憐なひと花をよく添えてました」と、やんわり応酬。主客ともよく相手を知ってのやりとりながら、傍目にはドキドキするような茶席の応酬の一コマでした。
点前座も遠州好みの桑水指棚。霰が美しい真形切合釜をのせる唐金風炉は、尾張鳴海の名家伝来。茶入を使っての点前で濃茶だとてっきり思っていたところ、代点の方の茶筅はお茶を練っている様子はさらさらなく、勢いよく振っています。席主から「本来は濃茶ですが、各服で濃茶を出すことができないため、薄茶にしました」。あれれ。
道具、室礼はまさに王道をゆく濃茶。しかし、肝心のお茶が薄茶にいきなり格落ち。画竜点睛を欠きます。数人分を練って、温めた茶碗に濃茶を注ぎ分けるなど、水屋の工夫で各服の濃茶は可能なはずです。これだけが、残念でした。
茶碗は高麗茶碗のオンパレード、斗々屋、井戸脇、、。ああ、気宇壮大な作行きの銘「富士」の主茶碗で濃茶をいただきたかった、の思いしきり。
かのベテラン茶人、最後に溜息混じりの一言。「年度中に釜をかけなくちゃいけないけど、ああ、やりたくない」。御意。
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