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五輪選手の活躍願って
谷口宗久氏が木曜会席主
表千家の正風と機知に富む趣向

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 開幕まで2週間に迫った東京オリンピック。茶どころ名古屋を代表する月釜の一つ「木曜会」で、一足先に日本選手の勝利を前祝いした室礼が、茶席の話題をさらいました。コロナ禍で5月以来中断していた木曜会7月例会は2021年7月8日、例会場の名古屋・上飯田の茶懐石志ら玉で開かれ、谷口宗久氏が表千家の茶家、古今庵3世の当主らしく折り目正しさを見せつつ、五輪と七夕の趣向をふんだんに取り入れた自在なお茶で、茶客を楽しませました。

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 この日の茶略はこったものでした。季節感として、七夕をイメージする「竹・笹」。開催の賛否を超えて日本選手の活躍を祈る「東京五輪」。そして、表千家の茶家として今や名古屋で最も勢いのある谷口家の礎を築いた祖父・紹茶の事績の顕彰。その3つのモチーフが、さまざまに表れては、時に協奏し、時にハーモニーを奏でました。

2間続きの寄り付きに、掛けられた2幅の軸と、展観道具に3つのモチーフが如実に、品よく表現され、本席への序曲となっていました。
 第一の軸は、戦前活躍した名古屋出身の大和絵画家森村宜稲の雨蛙画賛「竹とりの翁に見せんあまかえる」。月に帰ったかぐや姫をアマカエルともじった狂歌画賛。森村家の画塾で大和絵を学ぶ席主らしい、洒脱な一幅で「竹」が暗示されます。七夕をイメージさせる竹、笹のモチーフは、竹置筒花入、展観と茶席使いの2つの茶器、蓋置、糸巻き手付けの一閑張り莨盆に変奏されて、この日の季節感の基調を奏でました。

 第2のモチーフは東京五輪の凱歌です。表千家5代随流斎 (1650~1691年)筆の君が代の歌の軸に対して代々の家元が箱書きした箱蓋が展観席に並びます。察しのいい人なら、金メダルを取った日本選手の表彰式で演奏される国歌、国旗掲揚が本席に待っていることが、連想されます。

 

 そして、第3のモチーフは祖父の手造り茶器を要所に配して、戦前から続く茶家の筋目と人脈の幅広さをアピールすることにあるようでした。谷口家の茶事に招かれた人なら、初代紹茶翁の手造り陶器がさまざまに使われて、茶会を彩っていることを記憶していることでしょう。谷口家は元は名古屋中心部の袋町に屋敷を構えておりましたが、日本の敗色が次第に濃くなる太平洋戦争下、名古屋郊外の桜山に居を移します。古今庵にある広間席、小間や茶庭が、物資不足の戦時中に建築されたものと聞いて、これを差配できた紹茶翁の凄さを感じた覚えがあります。

 

 IMG_2479.JPG この日はそのうち、手造りの平楽茶碗銘「漣」と同じく赤楽の芋頭水指、歌銘「土芋も晴する侘びの馳走かな云々」が、箱書きした松永耳庵の書状とともに席を飾りました。耳庵とは「電力の鬼」と言われた戦後を代表する財界茶人、松永安左エ門です。紹茶翁は電力事業に深く関わった実業家、中部電力ゆかりの桜木亮三を介して、耳庵に箱書きを依頼したことが、添え文で知ることができます。特に芋頭水指は上出来を喜んだ耳庵が、発句を受けて「今朝もくみあげし土手下の水」と詠んでいることが箱書きに記されて、耳庵77歳の風雅心も味わえる逸品です。紹茶翁の人脈の一端を知り、戦時の非常事態下に郊外に茶席を構えるできたのは、こうした人脈があっての賜物ではないか、と感じました。

 さて、期待を胸に席入りすると、期待以上の素晴らしい室礼が迎えてくれました。
 「わたしたちが生きている間、今後、日本での夏のオリンピックは2度とないこと」と谷口氏は言います。世紀の祭典をどう茶席で余祝するか、席主の腕の見せ所です。濃茶席こそふさわしい随流斎筆の君が代の歌を惜しげもなく月釜の床に掛けた席主の心意気。それに添えた苦心の茶花が秀逸でした。聖火リレーのトーチを紅白の松明草で表現し、国立競技場メインスタンドの国旗掲揚ポールにたなびく日章旗を唐糸草で見立て、日本選手勝利の凱歌を床の間に見事に視覚化してみせました。

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 即中斎作の竹置き筒の花入は銘「登り鮎」。成長して川を遡上する若鮎の魚影の如き竹の景色が見所で、豪快な作ゆきが勝利の凱歌を歌い上げる床の間によく映ておりました。香合は、その鮎を狙うような木彫りの「鵜」。銘「漁夫」の茶杓が鵜飼の鵜匠を表現し、樂12代惺入の赤楽平茶碗銘「棹舟」が、川浪をゆく釣り舟をあらわし、まるで連想ゲームのように、清流にまつわる風物、景色が展開してゆきます。

 

 IMG_2487.JPG笹に巻いた大黒屋特製の水菓子銘「笹巻」はひんやりと、ほんのり笹の香をうつして口中に爽やかさが広がります。菓子器のタイ、ビルマの島物漆器はアジアの選手団を象徴します。

 点前座に目を移すと、円筒形の東陽坊釜を載せた気韻ある風炉が目に飛び込んできました。とろりとした古銅の肌合いは尋常ではありません。会記を見ると「芦屋唐銅鬼面」とあり、芦屋釜の珍しい唐銅風炉です。桐木地に朱漆で面取りした敷板に、風炉釜、紹茶翁手製水指を載せた風情のなんと良いこと。それこそ「侘びの馳走」です。

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 主茶碗は魚々屋の優品、銘「慧能」。変化に富んだ釉色の美しさ、土味の良さは抜群です。真っ二つに割れたのを繕った金直しが景色となっています。いわゆる残念ものですが、小ぶりが多い魚々屋にしては大ぶりで、気宇壮大な作行き。宗派が真っ二つに割れても禅宗が栄えた六祖、慧能の銘も含蓄にとみます。語種となる魚々屋と拝見しました。

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 凱歌の栄誉は、谷口氏にこそふさわしいタイムリーなお茶でした。

 木曜会のもう一つの楽しみは、茶懐石志ら玉さんの季節の室礼です。受付を済ますと、正面の座敷に星に和歌を手向ける七夕の行事を再現した室礼。格調高さにしばし足をとどめて、見入りました。

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