一器・一花・一菓
〜奈良名椿・銘菓「糊こぼし」〜
春を呼ぶ祈り「お水取り」
衆生済度の「南無観、南無観」
東大寺二月堂(奈良市)で3月1日から15日未明にかけて行われる「修二会(お水取り)」。古都に春呼ぶ祈りの行です。
15日の満行を前に、奈良名椿「糊こぼし」の蕾がふくらみはじめました。例年なら修二会に合わせて、拙宅拾穂園にある糊こぼしが咲くころですが、このところの寒さでなかなか開花に至らず、残念と思っていたところ、萬々堂通則製の奈良銘菓「糊こぼし」が到来しました。
お弟子さんの一人が、修二会本行中の二月堂に参詣、その土産に求めてきてくれたのです。堂内内陣にこもる練行衆と呼ばれる僧侶が「南無観(なむかん)南無観...」。やがて本尊の観音をたたえる声明が響き渡り、板に身を投げ打つ荒行「五体投地」の音も聞こえてきた、と。感動の面持ちで話してくれました。
私も以前、修二会さなかの二月堂の外陣に籠って、「南無観、南無観...」と夜更けまで唱和。私たち衆生に代わって練行衆が日ごろの過ちを懺悔する荒行の息吹に触れたのは、忘れられない思い出です。お弟子さんの話に感動が蘇ってきました。
和菓子「糊こぼし」は、修二会の準備が始まる2月初めから3月14日まで、期間限定の銘菓。「練り切り」の一種で、こした白あんにもち米を混ぜて練り、赤と白の花弁を型抜きし、花弁の部分を作り、卵の黄味から黄味あんを作りおしべの部分とするそうです。特に黄味のあんがやわらかく、すっと口に溶け込む感じがなんとも言えません。
「わあ、美味しい。あれ、なんか一つ余りそう。もう一個食べていいですか」と、食いしん坊の門人。「遅れて稽古に来る◯◯さんの分だから、食べちゃだめだよ」。銘菓を前に、微笑ましいやり取りが、茶席で交わされました。
この銘菓は、奈良の三名椿の一つ「糊こぼし」を模したもの。真紅の花びらの一部が、糊をこぼしたように白くなっていることが名前の由来です。別名を東大寺開山の良弁(ろうべん)大僧正にちなんで「良弁椿」といい、大僧正を祀る開山堂の前に原木があります。縁あって「門外不出」の名椿の挿木が到来。鉢植えから、地植えし、ほぼ20年が経過し、やっと拙宅の庭で数年前から花をつけるようになりました。
銘菓の販売はもう終わりですが、開花が遅れた名椿の本番はこれからです。