至高の名筆20点ひっそり寄贈
徳川美術館 お宝初公開
市井コレクター勅使河原夫妻の心映え
古美術に心寄せる者なら垂涎の名筆が、名古屋市東区の徳川美術館にひっそり寄贈されました。「筋切」「通切」「石山切」の平安名筆のほか、東大寺・二月堂焼経、中尊寺経一巻丸ごとなど、選りすぐりの20点。この篤志家は、知る人ぞ知る名古屋の古美術コレクター、故・勅使河原順三・千代子夫妻。寄贈作品全点を初公開する企画展「うるわしの古筆」が、徳川美術館・名古屋市蓬左文庫で2024年1月4日から28日まで開かれています。
市井の開業医夫妻が人知れず蒐集して慈しんだコレクション。その質の高さ、審美眼の確かさに驚かされます。自分が楽しんだ後は広く社会に資すべきだという篤志には、胸打たれるものがあります。
チラシには「近年寄贈を受けた石山切‥‥」などとさらっと触れているだけで、寄贈者名や全容の告知はいっさいなし。何度も見たことがある館蔵品の古筆中心の展覧会なんだろうなって、何の気なしに訪れると、徳川ではかつて見たことがない優品が次々。びっくりです。
「筋切」「通切」「石山切」「伊予切」「唐紙拾遺和歌集切」など、平安の名筆は一点所持していても個人なら大威張りのところ、歌切が13点。さらに、古経も「隅寺心経」「二月堂焼経」「中尊寺経」「神護寺経」など有名どころが6点。うち2点は、断簡ではなく、荘厳な扉絵も麗しい 経典一巻ごとが2点も。
まさに美術館級の名品ばかりです。大正・昭和前期の名家所蔵品売り立ての時代ならともかく、大実業家でもないいっかいの個人コレクターが一代で蒐集したとは信じられないレベルです。一点いってんが、同手の中でも保存状態、字も料紙とも抜群の優品ばかりで、ため息が出ます。
名古屋周辺では、小野道風を顕彰する愛知県春日井市の「道風記念館」が奈良・平安・鎌倉時代の古筆を収蔵。勅使河原コレクションは道風記念館の主要所蔵品に肩を並べるか、それを凌駕する質の高さだと思いました。
勅使河原順三・千代子さん夫妻は、医療に従事する傍ら、夫妻とも茶の湯に親しみ、夫は茶器や仏教美術、古美術品に心を寄せ、千代子さんは足繁く茶会に通い、自らも茶事を催しいていたそうです。
夫妻が長年に亘り収集し慈しんだコレクションを「地元の美術館で活用し、多くの人たちに日本の文化や美術の素晴らしさに触れられる機会にしてもらえれば」という厚志によって、今回の寄贈品初公開になったそうです。
なんでも鑑定団に出したら「国宝級」「重文級」と大騒ぎになるような名品揃いの一大コレクションの寄贈を、目立つことを避けて、お披露目するなんて。その奥ゆかしい心映えに感動します。
実は、わたし(長谷)は、後に勅使河原コレクションであったことを知る逸品に、ある有名茶会で触れたことがきっかけになって、茶器収集にのめり込むことになったのですが、それはまたの機会に譲りたいと思います。
徳川美術館は尾張徳川家伝来の大名道具を中核としつつ、地元名古屋の篤志家の寄贈作品が大きな役割を果たしています。昭和40年(1965)に昭和40年(1965)寄贈があった「岡谷コレクション」全88件が有名です。古筆が好まれる名古屋伝統の茶風を受け継いだ勅使河原さんの古筆コレクションが、散逸することなく、徳川美術館の収蔵品に仲間入り。いっそうの厚みを加えることになりました。
1月28日まで。月曜休館(祝日の場合は翌日休館)。観覧料は一般1,400円、高校・大学生800円、小中学生500円(土曜は高校生以下無料)。