味わう

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聖夜のパッション「ガウディ頌」
加藤おりは✖️馬場駿吉 秘跡の恩寵
"二重螺旋" 体現

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イブの夜、思いがけず、パッションに満ちた恩寵(おんちょう)に預かりました。スペイン舞踊家加藤おりはさんと、俳句の馬場駿吉さんが再び協働して創作。名古屋市美術館で開催中の展覧会「ガウディとサグラダ・ファミリア展」に寄せて、新作フラメンコ「ガウディ頌(しょう)」を2023年12月24日、同館地階ロビーで上演しました。

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ガウディ展にちなんだナイトミュージアムツアーに組み込まれた、ワイン片手のほろ酔い加減のショータイム。主催者の依頼に応じたフラメンコなんだろうな、なんて、ちょっと油断してました。蓋を開けたら、とんでもない。華やかなショーの体裁をとりつつも、その真髄はけっこうガチ。連作俳句をモチーフに舞踊芸術の新たな地平を切り開いた公演「耀変」で組んだ、アーティスト2人です。真っ向勝負。アントニ・ガウディ畢生の大作にして、没後140年余、やっと完成が視野に入ったサグラダ・ファミリア大聖堂に着想して、イエス・キリスト降誕前夜をモチーフにしたステージを創造。幸運な観客は、聖夜ならではの芸術の恵みに浴しました。

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会場は、市の中心部にある緑豊かな白川公園の中に建つ、建築家・黒川紀章の設計による美の殿堂。地階から地上へ広がる3層吹抜けの広々としたロビー空間に、ステージを特設。巨大なガラス窓を聖壇のステンドグラスに見立て、白と黒のフラメンコ用のコンパネ多数を市松状に床に敷いて、白と黒の十字架をさりげなくステージに描き出すことによって、ここが聖夜のカテドラルであることをそれとなく暗示しています。

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踊り手は、主演の加藤さんと、彼女が率いるCompany DANZAKのメンバー4人。城所景子さん、城戸里枝さん、鈴江あずささん、谷口留美さんのアンサンブルは、まるでバルセロナのガウディ設計のグエル公園から飛び出して来たよう。曲面を多用するガウディ建築を被覆する「破砕タイル」のように、カラフルな衣装で、陽気に、時に妖艶に、激しくフラメンコを繰り広げます。

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お祭り気分の陽気な「セビジャーナス」、黒ハットを使った小粋な「ガロティン」。

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ヒターノの生業である鍛冶職人が金床を金槌でたたきながら歌った労働歌「マルティネーテ」では、バストン(杖)を打ち鳴らしつつ時に剣舞のように杖を振るい、怒りと悲しみを表現。シューズを踏み鳴らすサパティアードのキレの良さ、踊りの艶やかさ、目力の強さ。吹き出る悲嘆や憤怒の影を抑えつつ、人生を謳歌するフラメンコの陽の魅力が味わえました。

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さて、このステージの本命は加藤さんのソロでした。伝統的なフラメンコ曲に乗って小粋でおしゃれなバルセロナ娘たちの前に、突如現れた聖家族の巨塔の如く。馬場さん「独吟歌仙」連句18句の発句「冬も天高し聖堂なほ未完」「ガウディの遺志地を凍てさせず」が、カンテ(唄い手)の丸山太郎さんによって朗唱され、いよいよガウディ頌の世界へ誘われます。

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「血の色も禁色とせず春の虹」。次の句で、ガウディ没後10年、同胞が血で血で洗う悲惨な戦いを繰り広げたスペイン内戦を暗喩。大聖堂も戦禍に遭いました。加藤おりはさんはソロで登場。両手にフラメンコカスタネットを持って、多彩なリズムと音色を打ち鳴らしつつ、ゴヤの絵画によく描かれている黒髪の美女さながら「黒髪を美となす民親し」の句にインスパイアされて、踊りは一気に佳境へ。

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アダムとイブの楽園追放、後半生を聖堂建築に捧げたガウディ、その遺志を汲んで石彫の聖書を積み上げた人たちの物語。惨劇を告発するゲルニカを経てもなお無惨な戦争がやまない。「ピカソ『ゲルニカ』今また現(うつつ)」のこの時代、、。馬場さんの連句が照らす旧約聖書以来、現在に続く人の世の光と影は、作品の屋台骨になって、壮大なドラマが織りなされます。

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加藤さんは、ときに体躯を渦のように巻いて螺旋。と同時に両手指を炎のように揺らめかせる、独創的な踊りを差し込みます。ガウディ展でその建築原理に触れて、はっきり分かったことがありました。この踊りはガウディ建築に触発され、彼女が独自に編み出したものだと。

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大自然とつながる無限のうねりを生み出す螺旋状の旋回技。体躯という幹から生い茂る枝葉やツタを連想させる腕・手指のゆらめき。自然を想起させる四肢のうねり・旋回は、優美で躍動する女性の曲面美、生命力を生み出す。同期して回転する衣装や小物によって、それらがさらに増幅されてゆく。これは、ガウディ建築を舞踊に落とし込んだ「踊るガウディ様式」なのだ、と確信しました。

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ねんのため、舞踊家本人に確認したところ、やはり、ガウディ建築に感動して、そのエッセンスをダンス化したことが分かりました。自然をモチーフにして独自の曲線美や放物曲線、二重螺旋の円柱などを生み出したガウディの建築原理を自分の舞踊言語の中に取り込んで、この独自の動きを編み出したそうです。

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ガウディの"独創の遺伝子"は、展覧会最終章で紹介されたように、後の建築家たちに影響を与えただけではなく、芸術ジャンルを超えて、日本のスペイン舞踊家の中にも息づいていたのです。出会うべくして出会った、まさに、本展関連イベントの大きな収穫であったと、感じました。

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加藤さんは洗礼名を持つカトリック信者。イエス降誕の聖夜に踊る喜びは、聖堂「降誕の正面」の彫刻群《歌う天使たち》さながら。ホワイトクリスマスの聖堂を飾るシャンデリアをイメージした刺繍を施した純白のコスチュームに、朱の舞扇でわずかにサンタクロースを表して「雪国の雲一(ひ)とひらを橇(そり)として」「異教の子にもサンタクロース」の結句で大団円。幼子イエスの降誕の喜悦を、イナバウアーばりの仰け反り姿で表して、ステージを退場。曲を締めくくりました。

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息の合った演奏陣との共演が、作品を盛り上げました。音が上に抜けそうな吹き抜け空間に、立体感のあるクリアな豊かな音場が作り出されたのは、驚きでした。
同席した劇評家が何度も独り言を呟いていました。「なんて素敵なクリスマスイブなんだ」。同感です。大きな反響があったそうです。

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舞踊家は、この企画の主催者から「伝統的なフラメンコそのものを踊って」となん度も釘を刺されたそうです。しかし、馬場さんの深く鋭利な連句、言葉のキレ、短詩系のリズムに共鳴。お仕着せの依頼に飽き足らず、新たな表現を追求する気持ちに突き動かされた芸術家魂の発露こそが、この感動につながったのだと思います。

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この事業は、名古屋市が設置した文化支援団体「クリエイティブ・リンク・ナゴヤ」(名古屋版アーツカウンシル)が初めて企画。名古屋の文化芸術活動を観光に活かす取り組みの一環という触れ込みです。「ガウディとサグラダ・ファミリア展」(2024年3月10日まで)を鑑賞がてら、閉館後の美術館空間で、トークショー、ドリンクタイム、生演奏付きフラメンコと、スペイン文化を多角的に楽しむ体験型パッケージ商品として、名鉄観光が販売。多数の応募があって、抽選による追加販売が行われても、なお抽選漏れ多数がでたようです。客席の配列などを工夫したら、もっと大勢の受け入れが可能だったのではないでしょうか。なんとも、もったいないことです。

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充実のライブに対して、ありきたり感があったのが、トークショーでした。ゲストスピーカーが落語の三題噺(さんだいばなし)風に、観客から募ったキーワードを折り込んで即興的にトークをしてみせるのですが、話はいささか深みに欠け、時間を持て余してしまう始末。前振りの担当学芸員も通りいっぺんの話でした。出演2人による対談、質疑応答もなく、眠気を誘われたのは、わたしだけでしょうか。
「文化芸術活動を観光に活かす」とは、文化芸術活動を観光ショー化することではなく、文化芸術活動を発揚させてこそ、満足度の高い鑑賞・観光体験になるのではないか。そう感じた夜でもありました。

舞踊・構成・演出・振付 : 加藤おりは
フラメンコ:Company DANZAK
俳句 : 馬場駿吉
ギター : 佐久間瑛士
カンテ ・朗唱: 丸山太郎
パーカッション : 城戸久人
音響:高崎優希


=2023年12月24日、名古屋市美術館で(stage photo by K.Yamada)
記事:WEB茶美会編集長・舞台芸術ジャーナリスト 長谷義隆