味わう

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一器・一花・一菓〜酒井抱一の「だまし絵」〜
ススキの穂 月下に光る
トリック超絶技を見逃すな
見る角度で消え現れ

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おぼろげな満月に向かって伸びたススキの茎、足元には桔梗が楚々と咲く。ススキの葉は風になびいてるのに、なぜかススキの穂は見えません。江戸琳派を代表する酒井抱一の「月下秋草図」。

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なんとも不思議な構図の絵です。近寄れば風にそよぐススキの穂がかすかに現れ、さらに角度を変えて画面左側から見ると、驚いたことに、月光を浴びて白く浮き出たススキの穂が4本がくっきり。

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月下の絵なんだから、上から見たら面白いかも。なんと一段とくっきり。月影にそよぐススキの穂波が浮かび上がりました。

江戸の町人文化が咲き乱れた江戸後期、俳諧、狂歌、吉原通いと奔放な青春時代を送った貴人絵師、抱一。そのエスプリに富んだ「だまし絵」の超絶技巧に、ゾクゾクっとします。

掛け軸を見下ろして鑑賞したら、より味わえる。そんなまさかのトリックアート(TrickArt)を伝統的な画題に潜ませる、とは。粋人抱一、洒落っ気たっぷり。

紙背から「おぬし、気付いたか」と微笑むよう。見る角度によって現れる月下のススキの穂。絹本にうっすら描かれた穂先に、胡粉のような白い絵具を細かく筋状に描いて、月光に照らされたススキの穂を繊細に描いています。左から右へ、面相筆の運筆によるのでしょう、右斜めよりも左斜めから、さらに上からだと一層、すすきの穂波がくっきり見える。そんな驚くべき技巧が凝らされているのです。

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2023年9月18日に拾穂園で開いた茶会では、中秋の名月を前に「月」にまつわる絵画、詩歌、墨蹟を寄付、次の間、本席の床に掛けました。抱一の絵はそのプロローグ。琳派が好きで、琳派収蔵で知られる京都の細見美術館によく行くというお客様もいて「まさか抱一。本当? 失礼ながら、ここでお目にかかれるとは」と感嘆しきりでしたが、この御仁を含めて肝心の抱一が仕掛けたトリックアートは見逃したようでした。抱一を論じた美術書は数多いのですが、抱一のトリックアートに言及したものは、あまりないようです。席中で種明かしするのも無粋かなってと思って、その件には触れず。
ただ、見るべきものは見つ。茶会に臨む客の心得であり、隅々まで見逃さない客こそ、客中の客というものでしょう。

 江戸時代後期、譜代大名の姫路酒井家に生まれた酒井抱一(1761~1829年)は、絵画のみならず俳句や狂歌にも多くの作品を残した貴公子です。「江戸琳派」 の祖と呼ばれます。画才に秀でた抱一は浮世絵、俳諧、狂歌、遊郭文化になれ親しんだ大の粋人。吉原一の花魁を身請けし妻にしたエピソードは有名です。その画境はあくまで品位高く、汚れを知らないかのよう。
一方で、町人文化に浸って俗っ気はたっぷり。当時流行した浮世絵の「だまし絵」や「影絵」「鞘絵(さやえ)」「眼鏡絵」などのトリック絵画に刺激されて、もしかしたら、見る角度によって浮かび出る「月下秋草図」を描いたのかもしれません。トリックアートとはいえ、これ見よがしではなく、ともすれば見逃してしまうようなひそやかなエスプリ。抱一流はあくまで洗練されています。