味わう

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"現代版歌舞劇"が誕生
名古屋で『幻想 平家物語』
ヒロイン花柳磐優愛さん
異ジャンル協働 ぶっ飛び展開ユニーク

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「笛が鳴る 誰を偲びて 笛が泣く」。公演副題が、変転するこの悲話を貫く主旋律を奏でていました。創作舞踊劇『幻想 平家物語』が2023年6月3、4の両日、名古屋市芸術創造センターで上演されました。諸行無常を湛えた壮大な源平盛衰の歴史絵巻のうち、笛を愛した平家公達きっての美少年、平敦盛(あつもり)が討たれた須磨の浦が主舞台。死に別れてもなお敦盛に愛を捧げる許嫁、玉織姫がヒロイン。敦盛遺愛の笛が結ぶ、戦に翻弄される女性、武将、庶民らの群像。歌舞伎の通し狂言のように、物語の筋は一本通ってはいるものの、筋を離れて場割りされた舞踊のドラマだけを見ても楽しめる、そんな構成です。

 新作の常磐津、長唄、箏曲と舞踊が織りなす、現代版歌舞劇の誕生ともいうべき、ドラマが初演されました。

 脚本・演出の伊豫田静弘さんは、平家物語に主題をとった能楽「敦盛」「藤戸」、文楽・歌舞伎「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」、日本舞踊「賤の苧環(しずのおだまき)」などの数々の名作を本歌取りして、そのエッセンスを換骨奪胎。能楽伝統の「夢幻能」の形式を借りて、過去と現在、現世と冥界が行きつ戻りつする物語を紡ぎました。守護神、悪霊が棲む海原から、さらに黄泉の国にさまよったヒロインが天上界で観音さまから愛の試練が課されるという、意表を突く展開まで盛り込みました。ある意味、全幕バレエをしのぐほどのスケール感。異ジャンル協働作品として、前作の『名古屋城天守物語』を上回る成果を挙げた、と見ました。

 主要キャストだけで12人(うち3役はダブルキャスト)という多彩なキャラクターが、物語をしっかり肉付け。舞踊によって抽象化された演技、心象風景が、唄と三味線、箏、尺八、鳴物による音楽要素とかみ合い、さらにバレエ、ダンス、演劇が加味されて、重層的な総合舞台芸術に仕上がりました。

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 物語は、平家滅亡後の後日談という形で進みます。オーケストラピット内の上手に常磐津、長唄、鳴物の演奏陣。下手には箏、尺八の演奏陣が座して、あたかもオペラのような舞台配置です。ピット中央は、源平が死闘を繰り広げた瀬戸内をイメージした海原が設営。舞台平場は須磨の浦、その上段は現世と冥界を分ける幽冥境を象徴。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」などと平家物語の出だしをかいた大きな短冊型のドロップ6本が吊るされています。「須磨の浦」→「幻想の由比ヶ浜」→「須磨の浦」→「黄泉の国」→「冥界」→「夕刻の須磨の浦」と全2幕7場の物語は場面が移り変わりますが、舞台装置の転換なしに、照明(古川靖)とドロップの昇降だけ。シンプルにして効果的な舞台美術(幾島道宣)です。


 序曲「鎮魂の譜」を箏と尺八が奏でる中、オーケストラピット中央の海原から突如として「わたつみ(海神)」が現れて、洋舞の神原ゆかりさんが幕前で魂鎮めの舞を舞います。序段からこれまで見たことがない和洋混合の舞台であることが、提示され、一気に期待が高まります。死闘を繰り広げられ、血に染まった海と浜。これを清めて平和の到来を祈るように舞うわたつみの存在は、バレエで言えば「眠れる森の美女」のリラの精のような役割でしょうか。ヒロインを導き、守護するようなものでしょう。
わたつみ役がピットの海原に消えて、幕が開くと、舞台上段の向こうから、霊的な佇まいを帯びた旅の尼僧(内田有美さん)が現れ、諸行無常を憐れみます。夢幻能の形式を借りることで、旅の尼僧が実は観世音菩薩であって、後段、奇想の展開が待つ伏線が張られます。内田流家元の内田有美さんは舞踊家の本領を封じながらも、静かで凛とした存在感が際立ちました。

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 そこへ現れたのが、須磨で討ち死にした平家の貴公子、敦盛を弔うため訪れた許嫁の玉織姫。主要3役ダブルキャストのうち、拝見した「うみ組」のヒロイン玉織姫は、花柳磐優愛(ばんゆめ、花柳流美優会師範)さんでした。細身で華奢。舞姿が美しい若手として姫役にはうってつけの若手です。本作では、能「藤戸」を演劇化した第2場や第3場を除き、全編ほぼ出ずっぱり。踊りによって物語と心情を描くだけでなく、セリフも多い大役。平安貴族の女御の優美さと武門の娘としての矜持を併せ持つ難しい役どころです。役の性根を据えた口跡もきっぱり台詞回しもよく、亡き敦盛を慕い、黄泉の国まで出向く一途さ、けなげさが、舞と演技に貫かれていました。


 討ち死にした敦盛を弔う一人舞の常磐津「哀れとは」では、姫のかよわさ、たおやかさ。恋い慕う長唄「鳥になりたや」では、命を絶とうと思い詰める絶望の淵を。敦盛の霊と再会して黄泉の国に向かう長唄「ひとつになりたや砂の上」では、失意から蘇った恋情を。一人舞よし、共演者と絡んでよしの舞姿で、物語の彫りを深めました。
相手役の平敦盛は、男装の麗人。稲垣流の家元稲垣舞さんが務めました。前半は幻影か亡霊のように紗幕の向こうに登場し、笛の名手として鳴らした風流貴公子の風情をよく体現しました。

 討ち死を回想する常磐津「敦盛最後」の場が見せ場でした。騎馬で海上の船に逃げようとしたところ、源氏の荒武者、熊谷直実から「敵に後ろを見せたもうな」と呼び止められ、取って返す敦盛の凛々しさ。騎馬して波を猛進するシーンは、稲垣舞さんの強靭な身体能力があっての踊りっぷりでした。
 ダンスによる源平合戦の群舞シーンはダイナミズムに欠けて、源平の兵のいずれも同じ装束なのはいただけません。
 人情味あふれる坂東の荒武者をよく演じた西川長秀、死地に潔く向かった稲垣舞の名演が、この物語の見どころを締めました。
 黄泉の国に向かった主人公2人。さては、亡くなった妻を求めて地下世界に下るオルフェウスやイザナキの物語のように、「地獄下り」で大団円を迎えると思いきや、意外な展開が待っていました。箏曲正絃社家元の野村祐子さんの箏弾き語りの「天上の楽」は、全編創作曲の白眉ともいえる出来。メルヘン的とも言えるシーンが浮つかない、アンカーの役目を果たしたようで聞き惚れました。観世音菩薩から3つの謎かけをされた玉織姫のクライマックス。このあたりは、かのプッチーニの名作オペラの名場面、王子カラフが命を賭けて臨んだトゥーランドット姫の謎かけシーンのようで、意表を突かれました。天女が舞うバレエシーンも加わり、桃源郷のような天上シーンが続きました。舞踊劇ならでは、奇想天外な飛躍も許せる、ぶっ飛んだ展開が印象的でした。

 

 前半に登場する源義経の愛妾、静御前(五條美佳園)は、物語の陰影を濃くしました。敦盛の形見の笛を巡って玉織姫と思いがすれ違う常磐津「笛こそ命」の二人舞、長唄「舞姫や無念」で、義経との愛に命を賭けた心情と生まれた義経との乳飲み児を頼朝に殺された無念を踊って、源平盛衰の陰に咲いた女性の悲劇を浮き彫りにしました。
伊豫田版平家物語は、華やかな貴族・武家階級ばかりでなく、源氏方の先陣の功を助けて惨殺された漁師親子の悲劇を扱った能「藤戸」を取り込んで、庶民の哀話にも目配り。子どもたちが群れ遊び平穏に見える浦に、なお残る遺恨を、老女かね(いのこ福代)が味わい深く演じました。形見の笛が取り持つ人々の運命と境遇を描くこの物語は、いのこ福代と西川長秀の脇役2人がしっかり脇を固めたことによって、うまく結びついたように感じました。枝葉を切り落とせば、すっきりまとまるところ、歌舞伎通し狂言のように、本筋とは離れた場面を作って寄り道しながら、張り巡らせた伏線で作品を結束する。そんな老練、周到な脚本、演出だと拝見しました。

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 企画・制作、主催の「芸能集団 創の会」代表である五條園美さんは、日本舞踊振付、演出補として本公演を主導した立役者。日本舞踊家、邦楽奏者を軸に、洋舞家、演劇人も合流して、新たな和ものの総合舞台芸術を興そうという園美さん。流派、ジャンルを超えた舞台芸術家を糾合して、商業ベースに乗らない総合舞台芸術をプロデュースするのは、並大抵ではできません。私財投入も覚悟の使命感と並外れた情熱があってこそ、成り立つことだと思います。コロナ禍中の2020年12月、困難な時期に第1回公演『名古屋城天守物語』を上演した成功が認められたのでしょう。本公演に対して芸術文化振興基金の助成が決まったのは、異ジャンル協働上演が多い芸どころ名古屋にとって、朗報です。
 ちなみに、ダブルキャストの「そら組」は玉織姫・五條園小美さん、敦盛・西川文紀さん、静御前・五條園千代さん。
 作曲は野村祐子さんの他は、常磐津が常磐津綱男さん、長唄は杵屋三太郎さん、杵屋六春さん、鳴物の作調が望月左登貴美さん。洋舞振付は菅原ゆかりさん、神戸珠利さん。
=4回公演中、6月4日昼の「うみ組」公演所見
(WEB茶美会編集長、長谷義隆)