拾穂園日乗〜巨匠指揮者を茶室インタビュー〜話弾み記念撮影の思い出
年の瀬、ベートーヴェンの交響曲第9番合唱付きが聴きたくなって、数ある第九CDから、クリスティアン・ティーレマン指揮のベートーヴェンの交響曲全集を引っ張り出してみました。
ティーレマン。独墺のクラシック音楽本流をゆく現代の巨匠です。CDケースの中から、一葉の写真が出てきました。ティーレマンと一緒に写った私です。
新聞社時代、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団を率いて演奏旅行するのにさきがけて日本入りした彼を、宿泊先の京都に訪問したことがあります。
かの高級料理旅館「炭屋」でした。お茶をするなら、一度は炭屋のもてなしの料理と室礼を味わった方がいいと畏友に誘われて、同じ年の新緑のころ、一泊したことがありました。残念なことに、懐石料理の夕食、室礼もちょっと期待外れでしたが、宿泊経験がその後の記者活動に生かせるとは。
炭屋では自室以外でインタビューを受けたいというので、それならと、中庭に面した隠れ家のような3畳ほどの茶室を選びました。客が備え付けの雑誌や本を読むくつろぎのスペース、その奥まったところにあります。以前泊まった際、にじり口から入るこの部屋は、何か母胎に包まれているような、居心地の良さがあったことを思いだしたのです。
通訳は、あのカラヤンの来日時はコーディネー兼秘書役でもあった音楽プロデューサーの真鍋圭子さんでした。ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮のバイエルン国立歌劇場が、市川猿之助演出によるR・シュトラウスのオペラ「影のない女」を新制作。愛知県芸術劇場の柿落とし公演で世界初演した1992年、取材を通じて知り合いました。久々の再会でしたが、「あら。長谷さん」と声をかけてくれました。相変わらず、大物音楽家の来日の際は、コーディネー兼秘書役を務めているんだな、と感慨を覚えました。
茶室で待つことしばし、気難しさがあると聞いていたティーレマンは意外にも、ラフなラガーシャツ姿で登場しました。いち観光客として京都見物を楽しんでいた様子です。旅館に戻ったその足で、茶室に背を屈めて入ってきました。
土と木と紙の自然素材でできた、小宇宙のような空間。興味深そうに目を輝かせて室内を見まわし、驚いた様子でしたが、竹がリズミカルに丈を伸ばした茶庭を眺めながら座るティーレマンに、日本の美意識を話の糸口に語りかけると、興に乗ったのか、さしのインタビューの話は弾みました。
単独インタビューの別れ際、一緒に写真を撮ろうと言い出したティーレマン。肩を組んで撮影しました。実は、取材対象とは一線を画すのが記者の作法だと思っていた私は、記念撮影にちょっと面食らいました。
この後も、相手側から持ちかけられて、記念撮影をすることが、何度かありました。今は亡き名ピアニストのアルド・チッコリーニ、世紀のコロラトゥーラソプラノのエディタ・グルべローヴァらです。演奏会後、主催者に促されて楽屋に訪ねると、喜んで迎えてくれました。
ティーレマンと世界最古の歴史を誇る名門ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の演奏は、衝撃的でした。愛知県芸術劇場コンサートホールで聴いて感動し、ぜひ、違う曲も聴いてみたいと思って、東京・サントリーホールのステージに足を伸ばしました。仕事柄、おびただしくコンサート、舞台に接しましたが、こんな追っかけは、世界的振付家ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ以来でした。
第九の演奏によって、思い出が走馬灯のように巡りました。