味わう

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亡妻追慕ひそやかに
桑山左近さん木曜会茶会
名品揃いの行間を読む

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 含羞の茶人は、亡妻追慕の情を季節感の中にひそやかに織り込んでいました。茶どころ名古屋を代表する茶器収集家の一人で、茶博士の桑山左近さんが2022年10月6日、名古屋・上飯田の茶懐石志ら玉で開いた木曜会神無月茶会です。風炉名残りの秋づくしの取り合わせの中に、「鴛鴦(えんおう)の契り」の故事に寄せて、仲が良かった妻への哀傷がにじみ出ていました。

IMG_7799.JPG  袴付に森村宜永筆の大和絵「おしどり図」が、さりげなく掛かっていました。会記には載っていないこの一幅を見逃しては、この茶会の行間を読むことは難しいでしょう。桑山さんは、岐阜県東濃の旧岩村町からはだか一貫、名古屋に出て、食パン工場勤めから叩き上げた茶道人生。2017年10月24日、長年連れ添った愛妻、綾子さんに先立たれました。おしどり夫婦の鴛鴦のイメージと愛妻喪失の深さは、室礼の中で次第に増幅さてれゆきます。

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 寄付の転換席には、如心斎在判の岸一閑作の鴛鴦香合。表千家宗匠紀州徳川家の所蔵品であった「紀州箱」を外箱に有する優品です。1羽だけのオシドリが、男やもめになった桑山さんを象徴しているかのようです。
IMG_7777.JPG 薄茶だった本茶会ですが、展観席には見事な取り合わせの炭道具が飾られていました。純白にわずかに縞が入った野雁の羽箒、明珍政幸銘の精緻な蜻蛉鐶など。なぜか、灰器、灰さじは見当たりませんでしたが、一際目を引いたのが、白を基調にした花のような綺麗な組紐釜敷です。作者は誰か。会記に載っていないところに、茶人の真意が潜んでいると思い、本席で筆者(長谷義隆)は、大先輩の桑山さんに、組紐釜敷について水を向けました。

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 おん歳、満84歳の桑山さんは照れることなく「最愛の奥さんのです」と、席中で思い出話をひとくさり。「電話がかかってこない夜10時以降に、糸から手繰って組紐をしてたね。電話で作業が途切れると、その部分が弛むから。あの釜敷を作るのに1週間はかかっている。組紐釜敷100個くらい、作った。親しい人に折に触れて妻の釜敷を差し上げた。名古屋には、茶器を包んだりする袋ものの伝統が受け継がれている」。妻もその一人だった、そう言外に語っていました。

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 本席の軸は、江戸前・中期の公家歌人、武者小路実陰の詠歌「田家鹿」2首。重厚な茶風の桑山さんにしては、やや軽めの本席軸と感じましたが、「牡鹿のみ鳴く山田の秋ふけて音せぬひだの庵はさびしき」と読める一首に、茶人は一人寝の心境を託したのでしょうか。5種投げ入れの茶花が暮秋の風情をいや増します。

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 亭主は「3年続いて10月の木曜会担当で、ガラクタの寄せ集め」と大いに謙遜しますが、なんのなんの。一品一品、美術館級の名品揃いです。

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 主茶碗は一見、人形手かと思いましたが、お茶をいただいた後、よくよく拝見すると、なるほど美濃桃山陶のよう。黄瀬戸・銘「苫屋」です。秋の夕暮れを歌った「三夕(さんせき)」の名歌「 見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ」(藤原定家)の歌銘を、小堀宗慶が書き付けた珍品です。伝世の黄瀬戸茶碗のほとんどが向付からの転用であるのに対し、唯一最初から茶碗として作られたものでは「朝比奈」が有名です。知られざる名碗「苫屋」を、席中のサプライズとして、サラッと出すあたり。茶の湯巧者ぶりは、健在です。次客の茶碗は、高麗茶碗の玉子手。朝顔形に開いた平茶碗の玉子手も珍しく、目を奪われました。

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 主菓子は、桑山さんが先代店主の時代から重用して鍛えた和菓子名店、芳光製の銘「秋の空」。かのテレビチャンピオンで一躍脚光を浴びた銘菓だそうです。アキアカネが夕暮れに翔ぶ景色を表し、漉し餡と粒餡を混ぜた食味に深みがあります。

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 薄茶器は、細川三斎好みの野風八角茶器。秋風にたなびく芒が金の平蒔絵で繊細に描かれ、甲の野風の銀字形が風情を引立たせています。本歌は存滅不明のようで、三代中村宗哲の作という本作は、現存最古期の伝世品でしょうか。後世写しが多く作られる野風八角茶器ですが、失われた本歌に迫る作行きと拝見しました。

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 茶杓は、茶杓削りの名人、一尾伊織の84歳作。象牙製の芋茶杓を、竹で削って模した名人技には舌を巻きます。90歳まで生涯現役茶人だった一尾一庵を凌駕して、桑山茶博にはもっと健康長寿でいてほしいもの。

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 点前座に目を移すと、風炉釜は尾張藩御用土風炉師、初代赤井陶然作の珍しくほの赤く発色した常滑の土風炉に、益田鈍翁旧蔵の道仁造六角肩衝釜を載せて。初代陶然の共箱が添っているのもうれしい常滑産の珍しい土風炉です。表千家独特の名残の掻き揚げ灰が、中置きの風情を醸します。表流の中置では定番という梔子水指が添えられました。細水指ではなく、啐啄斎手造りの赤楽梔子水指はずんぐりむっくりの芋頭形でした。

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 里にも紅葉の季節到来を告げるように、土風炉も水指も、席づかい赤楽茶碗も、主菓子も紅葉色でまとめ、視覚的にも秋色で染め上げていて、巧みな色彩感です。
 含蓄のある茶会取り合わせには、亭主がいくつかのテーマを巧みに織り込んでいるもの。亭主が茶会記にはあえて書かずに、取り合わせた茶器に思いをはせると、お茶の興趣はいっそう増します。そんな思いを深くした一会でした。

 次回11月3日は表千家の長谷川如隠さんの担当です。当日会員券2,000円。