味わう

味わう

フラメンコ超絶技巧の華
コロナ禍シュールな心象
加藤おりは初の長編ダンス上演

IMG_4013.JPG

 百年ぶりのパンデミックに席巻されたかに見えるこの時代。目に見えない脅威によって増幅された恐怖、喪失、断絶。人類には災厄であっても、水や空気は澄んで自然は息を吹き返しました。この死と再生の「シュールな現実」に、表現の場を奪われたダンサーは内から湧き出た情熱に突き動かされ、命の炎を燃やし、超絶技巧の歓喜の踊りを繰り広げました。スペイン舞踊家加藤おりはがCompany DANZAKを率いて演出・構成・振り付け、主演したスペイン舞踊公演「 Soplar ~いのちの風焔~ 」。時代と向き合いつつ、事象の表層を突き抜けて鮮烈な「いのちの風焔」を吹かせた2時間余の長編ダンス作品です。

 舞踊と音楽、照明(福井孝子)衣装(佐野亜希子)音響(高崎優希)が噛み合い、触発し合い、さらに能書の筆先が生む書の美を巧みに映像加工(ヤマダサダオミ)して舞台に融合。緻密に構成・演出されたハイセンスな舞台芸術を創造をしました、主演の加藤はフラメンコらしい熱く燃える即興性を随所に見せて完全燃焼して、近年まれな完成度の高い公演になりました。
 新時代のフラメンコ舞踏家として評価が高い加藤は、舞踊作家・演出家として本格的なデビュー作となった本作に、内で温めていた数々のアイデアを注ぎ込んで、アーティストとして大きな成長を遂げたようです。初演につきものタイミングのずれが散見されたり、たくさんの要素を入れたためテーマが交錯したり、やや難解になったのではないかとも感じましたが、総体に大きな舞台成果をあげたと思います。

IMG_4017.JPG

 幕開け。フラメンコギターの佐久間瑛士が爪弾くメロディアスなギターソロが流れるなか、ステージ上ではビニールに覆われた半裸の女性(加藤おりは)がうごめき、うずくまり、やっと立ち上がらんとするところで、暗転。感染症の慢延に閉じ込められた人間の苦悩を暗示するかのようなプロローグです。この後、ビニールはこのあと、アンサンブルダンサーの衣装として繰り返し現れ、感染症の防護服のイメージを喚起します。
 ステージ両袖に立ち現れたカンテ(歌い手)2人が、哀愁を帯びたフラメンコの子守歌を「眠れ、眠れ、我が子よ、、」と交互に歌い、声を合わせます。ギターではなく、低音を響かせるチェロとカンテの共演に、フラメンコの新潮流を感じます。暗い調子の歌に導かれるように、雨傘ほどもあるつば広の笠の下に伏せていた4人女性ダンサーが、鋭い靴音の一閃を契機に、歯切れのいいリズミカルなサパティアード(靴音)の打音の応酬から、カスタネットを操ってのフラメンコに変わります。
 加藤おりはは、本作でスペイン舞踊でよく使われる帽子、杖、マントの小道具、フラメンコ衣装の長い裾のバタデコーラなどの本来の使用法を変換して、常人では思いもつかない独自の発想で効果的に用いましたが、このつば広の大きな笠も帽子の変化形といえそうです。

IMG_4014.JPG

IMG_4020.JPG

 笠は空中浮遊する粒子による感染から身を守ろうとする象徴でしょうか。ステージ下手に置かれた台の上で、笠に身を隠していた加藤おりはがすくっと立ち上がり、超高速、強烈なサパティアードを繰り広げ、台上から微細な粒子を空中に舞い上がらせます。不思議なことに、笠を揺らしながら踊るダンサーはこれに呼応して、胞子を撒き散らすキノコの化身のようにも見え、美しくも妖しいシーンです。
 IMG_4015.JPG

 加藤のサパティアードが終わるや、台の中に隠れていた男性ダンサー2人が躍り出て、一気に場面が転換。フラメンコのバイレ(踊り手)の礒村崇史と、ヒップホップ出身のコンテンポラリーダンサー小山田魂宮時(たくじ)です。2人は重力や重心をうまく使って、相手に寄りかかったり持ち上げたり、接触し続けながら即興的に踊る「コンタクト・インプロビゼーション」を展開し、そこに加藤が加わって、コロナ禍が生んだ男女の悲喜劇、加虐と被虐、その反転を目まぐるしく踊ります。3人の滑らかなコンタクト・インプロが見事です。この展開の妙が素晴らしい。

IMG_4018.JPG

 男性2人は闘牛士のマタドールとなって、牛の興奮を煽るように黒と赤のマント(ムレータ)を巧みに翻すうち、女性ダンサー4人がフラメンコで使う杖(バストン)を連結、杖はくねる毒蛇のように変化したかと思うや、次には陣形を組み直して、角を突き立てた猛牛となって、マタドールに襲いかかります。マタドールは杖に突き刺されて、絶命します。生と死を象徴する闘牛に着想した、この意表を突く急展開。杖とマントを組みあせただけのシンプルにして、劇的なスペクタクル。まさに舞台のマジックです。演出・振付家の手際が冴えます。

IMG_4021.JPG

 「何回した?」「したの?」「してない」「したでしょう」「1回だけした」「やっぱり。1回だけって。何考えてるの」‥‥。ワクチン接種に絡めた男女の痴話喧嘩を、加藤と磯村を軸にした軽妙なコンタクト・インプロビゼーションを絡めて笑いを誘い、会場の緊張をほぐします。

 加藤は、女性書家の小林紅琳の繊細にして大胆な筆使いが生む書の美に着目。しなやかな筆が描く線、点の美しさ、墨の濃淡の余韻、余白の美しさが、映像加工によって拡幅され、モノトーンの前衛芸術のような世界が紗幕に投影されます。同時に、下手の白い台には、美しくすらあるコロナウルスの空中浮遊の様子が映し出されて、コロナ禍を巡る負と正の心象風景が視覚化されます。

IMG_4022.JPG
 モノクロ映像の筆さばきを背景に加藤は胸元に紅梅の刺繍を施した純白の衣装を纏って現れ、次第に高潮する歓喜のサパティアードを踊りますで。超高速で変転する複雑なリズムを刻みつつ、踵、つま先、底腹など打点の位置を目まぐるしく変えて、打音に繊細な変化を付ける超絶技巧。上半身の動きや素早い回転も入れて、さらに難度をあげ、踊るほどに熱く白熱して、フラメンコの醍醐味を披露しました。

IMG_4024.JPG

 IMG_4023.JPG

 後半、加藤の演出とフラメンコはさらに冴え渡りました。書道の筆の穂先を想起させるバタデコーラの華麗なさばきなど見せて、終盤、加藤のサパティアードは最高潮に達して、どこまでも正確無比。圧巻でした。最後は、ソーシャルディスタンスの呪縛が解けたように、加藤ら女性ダンサーがおり重なって花びらをかたどり、蕾が開くように5弁の大輪の花を咲かせました。5人の瞳は希望の光をたたえたように輝き、強く熱い視線を客席に注いで、幕を閉じました。

IMG_4016.JPG
 =2021年11月14日、名古屋市芸術創造センターで

        WEB茶美会編集長・舞台芸術ジャーナリスト 長谷義隆

  ◆  ◆ ◆

 加藤おりはが制作・主演して茶道、書道とスペイン舞踊との融合を図った注目のダンス映像作品「ORIHA KATO Wabi-Sabi PROJECT 」(文化庁助成事業)3部作は、11月27、28の両日、名古屋・八事の八事山興正寺で開かれる織田有楽斎没後400年記念「茶美会(さびえ)第一回大茶会」のライブ席で随時上映されます。ライブ席・映像の鑑賞と立礼席で薄茶が楽しめる当日券(1500円)を、会場の興正寺普照殿の大茶会受付で販売します。定員になり次第締め切ります。

問い合わせはメールで。sabiejapan2021@gmail.com