知る・学ぶ

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名物茶器の虚飾をはぐ
"ちょっと危ない"名物展
徳川美術館、図録も必見

IMG_7635.JPG 「名物-由緒正しき宝物-」。そんなかしこまった展覧会名とは、裏腹、実は世に名を知られた名物茶道具の由緒を綿密に史料検討するとに「誤伝」「取り違え」「まゆつば伝説」が数々あったー。名物茶器の虚飾をはぐようなアブナイ新発見に「おいおい、大丈夫かよ」と内心ハラハラさせられるような展覧会が、名古屋市東区の徳川美術館と同市蓬左文庫で開かれています。

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 例えば、同館所蔵の名物古銅砧形花生・銘「 杵(きね)のをれ」。杵の柄が折れた様に見えることが、銘の由来と考えられています。秀吉が所持していた花生で、家康と尾張犬山城主・石川貞清が囲碁の勝負をした際、勝利した貞清が褒美として秀吉よりこの花生を賜りました。関ケ原合戦時に西軍にくみした貞清は、家康にこの花生を贈り、処刑を免れたといわれます。この由緒を同展では「石川貞清所持説は後世の創作とみなすことが妥当」と、麗しい戦国の囲碁伝説を一蹴。家康の事績録を根拠に、尾張家初代義直の正室の父、浅野幸長の進上品に該当する可能性が高いとします。

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 もっと手厳しく由緒訂正を迫ったのは、同館所蔵の「御家名物」漢作肩衝茶入 銘「靱(うつぼ)」です。これまで、足利義政(1436~90年)が所持し、細川勝元以後、細川政元―高国―氏綱―藤賢―藤孝(幽斎)―忠興(三斎)と細川家に伝来したとされ、その後豊臣秀吉―木下長嘯子(勝俊)―堤嘯雲―木下長嘯子の曾孫・斉範と伝来し、斉範より寛文十三年(延宝元年・一六七三)に尾張徳川家二代光友に贈られます。以後。尾張徳川家に伝わった、とされてきました。

 しかし、本展図録の作品解説では「東山御物と伝わった茶入が、当時まともな箱や次第(付属品)を失った状態で、大名家に保管され続けることがあるだろうか」と疑問視し、史料検討した結果、尾張家の権威づけに熱心だった江戸中期の8代徳川宗勝の時代に「本品の伝来もそうした意図のもとに創作された可能性が高い」と、伝来がまゆつばものであることを暴きます。麗々しく伝来・由緒を記した付属文書が、虚しく展示されています。

 中国渡来の「漢作唐物」説についても、茶入の底が右糸切であることから「日本で作られたことに疑いの余地がない」と言い切ります。

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 さらに、名物古瀬戸茶入の双璧と称賛されている徳川家康所持の肩衝茶入・銘「横田」については「道具帳に記された伝承も、後世の浮説とみなされる」「十七世紀以降の作とするのが妥当だろう」と、箱、作とも後できだと、手厳しいのです。
 担当の加藤祥平学芸員の痛烈無比、自虐的ともいえる検証の数々に「よくぞ研究しました」と痛快さを感じる反面、老婆心ながら「おいおい、そこまで言い切って、徳川さん、大丈夫かしら」とラハラドキドキを隠せません。

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 展覧会場自体は、表面上むろん、そんな危うさは少しも感じられません。めったに公開されない個人蔵の名品が数多く見られるのも、この展覧会の見どころです。
「正徳四年道具代價帳」に記載された、中国元代の臨済僧・龍巌徳真(りょうがんとくしん、1255~?)の墨蹟「龍巌徳真墨蹟 鉄牛雅号偈」は、初公開の逸品です。重要文化財「龍巌徳真墨蹟 無夢雅号偈」(東京・根津美術館蔵)に次いで確認された、現存二例目の同僧の墨蹟です。金銀改鋳で巨万の富を蓄えた銀座年寄・中村内蔵助の旧蔵。本幅を購入するにあたり、内蔵助がパトロンであったとされる尾形光琳の弟・尾形乾山(1663~1743年)を通じて、「名物」である本幅の由緒などの問い合わせをした際の返答の書状が附属しており、当時の京都町人において名物が珍重されていたことを物語ります。中村内蔵助、と聞いて光琳描く肖像画がピンと思い浮かびました。悪事が露見して財産没収となった内蔵助の虚栄をしのぶ、墨蹟です。

 中興名物の高取肩衝茶入・銘「染川」と「秋の夜」も。箱、仕覆、蓋など次第すべてともに展観。高取焼茶入の中でも最も景色に優れた茶入で、『古今名物類聚』に記載があります。

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 同展では、国宝や重要文化財を含め、名物刀剣、茶の湯道具など百二十八点を展示。所有者の移り変わりなど由緒を記した解説文を添えます。

国宝「太刀 銘 長光」は、織田信長から明智光秀を経て、徳川綱吉らへと渡った鎌倉時代作の名刀。「大名物」と名高かった「唐物茶壺(つぼ) 銘 松花」は、足利義政が所持したと伝わり、その後、信長や秀吉、徳川家康らが所有しました。
第1章「名物の源流」、第2章「名物刀剣」、第3章「名物茶の湯道具」と名物の展開をたどります。

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第2章では、脇指「物吉貞宗」(徳川美術館蔵)や刀「桑名江」(京都国立博物館蔵、展示期間:9月17日~10月16日)など名物の刀剣、拵えが並びます。終日、刀剣に見入る刀剣女子が何人もいて、刀剣ファン垂涎の展覧会でもあります。

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新たな知見が詰まった充実の図録(2,400円)は読み応え十分です。図録表紙の細かい縞が入ったグレー、何を意味しているか分かる人は、相当な茶道具通です!

徳川美術館学芸員の加藤祥平さんは「国宝、重要文化財が現在の評価基準となっていますが、古来、重要視された名物の歴史的な流れをたどり、再評価するのこの展覧会です。名物の刀剣と茶の湯道具、その由緒とともに楽しんでいただきたい」と話していました。

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11月6日まで。月曜休館(祝日の場合は翌日休館)。観覧料は一般1,400円、高校・大学生700円、小中学生500円(土曜は高校生以下無料)。