「序破急」の大切さ
作曲家丹波明さん死去
日本芸道の原則看破
集大成の楽劇「白峯」
「自然に成りゆく力に自己の成りゆく力を託し得た時、日本人はその精神的境地を無、空、悟りといい、またその美的境地を幽玄、わび、さびなどという言葉で表現しているのだと、ある意味ではいえるのではないでしょうか」ー。クラシック音楽に能音楽のエッセンスを融合した作曲家の丹波明(たんば・あきら)さんが2023年4月14日、フランスで死去しました。90歳でした。
著書『「序破急」という美学』の中で、冒頭の言葉を述べています。「自然に成りゆく力に自己の成りゆく力を託し得た時」という境地に、いつか近づきたいと思います。噛みしめたい言葉です。
800年続く医薬の名家に生まれ、東京芸大を経て、パリ国立高等音楽院で名匠オリビエ・メシアンに師事。その後もフランスを拠点としました。日本音楽を研究し、クラシックに能音楽を融合する独自の作曲語法を確立しました。
楽劇「白峯」はその集大成でした。1156年保元の乱に敗れた崇徳上皇の、時を経ても今なお癒えることのない無念を鎮める鎮魂劇(レクイエム)として丹波さんが台本をかき作曲しました。貴族政権から武士政権に移行する時代の変換期に、皇位継承を巡る愛憎と運命に翻弄された崇徳上皇。夢幻能の形式を借りて、上皇の亡霊に極楽往生を説く西行に対し、渾身の力で拒否する上皇の亡魂。安易な救いを斥ける峻烈さ。現代音楽の作曲家・丹波明が西洋音楽と能楽〈序破急書法〉を融合させた現代オペラでした。
丹波さん畢生のオペラ世界初演を前に、WEB茶美会編集長の長谷義隆(当時中日新聞編集委員)は名古屋市内の練習会場を訪問。単独取材し、丹波さんの音楽の軌跡と本作のエッセンスを簡潔に紹介しました。
セントラル愛知交響楽団によって2014年9月、名古屋と東京で演奏会形式で披露された「白峯」は快挙として注目を集め、この年の名古屋の音楽シーンでは最大の収穫と、新聞や専門誌で特筆されました。
雅楽によって始められ、世阿弥によって完成された「序破急」の原則。「古代、中世、近世を通して音楽、演劇、蹴菊、連歌、香道、生け花などの十五にもおよぶ諸芸能の構造、演奏、理論化に大きな役割を果たしてきました」と丹波さんは指摘します。
「白峯」は2時間半に及ぶ大作。全体構造が序破急になっているのはもちろん、細部の音楽も序破急が貫徹しています。
茶道においても全体も細部も序破急の原則で貫かれていると、テンポと深みが出るようです。点前は最初ゆっくりと運び入れ、清め、しかしお茶と湯を入れてからは手早く点てて熱いうちに召し上がっていただく。茶筅を改める「茶筅とおじ」一つとっても、序破急を意識した緩急を付けると、点前に深みが出ます。
そして後段の仕舞いでは、点前はテンポよく。手早さが肝要になります。よい形を追い求めると結果、序破急になっているともいえます。
丹波明さんのご冥福を祈念します。
@sabiejapan.com