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森川邸田舎家が24年春完成
覚王山日泰寺で地鎮祭
大書院 草結庵と回廊で結び一大茶苑に

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 日本唯一の仏舎利を安置する仏教聖地に、真・行・草の茶座敷を有する日本文化発信の一大施設が2024年春、完成することになりました。

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 中京を代表する茶人、如春庵(じょしゅんあん)森川勘一郎(1887-1980年)の名古屋別邸で「天下一の田舎家」と言われた田舎家茶室が再建に向けて第一歩を踏み出し、2022年9月13日、名古屋市千種区法王町の覚王山日泰寺の境内建設地で地鎮祭が営まれました。

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 施主で寺トップの代表役員を務め、茶人でもある村上圓竜師は地鎮祭のあいさつで「お茶の精神を受け継ぐとともに、名古屋だけでなく日本じゅうから日泰寺でお茶をよばれたい、というふうにしたい」と語りました。

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 再建される日泰寺の茶室エリアには、和室4室が連なる125畳の大書院・鳳凰台、江戸中期の草庵茶室・草結庵、さらにもう一つ茶室があり、これに新たに田舎家茶室が加わります。

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 計画では、茶庭として改修される中庭を囲んで、茶座敷群が回廊で結ばれます。総工費は約1億8000万円が見込まれています。2024年3月末完成予定。
 最大6カ所の茶席が同時開催可能といい、東西の大茶会、大師会、光悦会に肩を並べる中京地区を代表する大茶会の開催を視野に入れて、茶苑を整備します。茶道だけでなく、日本文化発信の一大施設として脚光を浴びそうです。

 建設地は、公道沿いにある通用門(閉鎖中)から坂道を上がった境内東端の傾斜地の上の平地です。眼下に、疎林越しに住宅地が広がっています。

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 地鎮祭は、村上師が祭主、導師を務め、天台宗式に営まれました。地霊を鎮める受地作法、穴を掘って供物を入れた壺を納めて、鍬入れした土で埋める穴中作法が、厳かに営まれました。

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  鍬入れでは、再建監修の学識経験者、名古屋市の代表者、如春庵顕彰に携わる森川家の森川信江さん、茶道尾州久田流家元の下村宗隆さん、志野流家元夫妻の蜂谷宗玄、なをみさん、裏千家の庄司宗文さん、一般財団法人R-INE財団森川如春庵顕彰会の代表者、施工関係者らが、鍬ですくった土砂を供物を収めた壺にかけて、工事の無事安全を祈りました。

 最後に、競争入札で施工が決まった田中社寺(岐阜市)の経営者が建築地四方に浄めの日本酒を注ぎました。田中社寺は1902年創業の伝統建築専門の老舗です。

 森川邸田舎家は戦前、財界系茶人の間でもてはやされた野趣豊かな茶室です。如春庵(にょしゅんあん、とも呼ぶ)は10代から古美術目利きの才を現し、本阿弥光悦の名碗、赤楽「乙御前」、黒楽「時雨」を手中にし、のちに国宝、重要文化財となる古美術を数々掘り出し「中京の麒麟児」と呼ばれた近代茶人の一人です。森川邸田舎家は、江戸時代初頭の建築と伝わり、一説に室町後期とも言われる愛知県葉栗郡葉栗村(現在の愛知県一宮市)の庄屋の元住居です。

 如春庵が昭和2年から3年頃に名古屋の別邸(愛知県名古屋市千種区菊坂町)に移築し、茶室として改修を施したものです。茶会に招かれた鈍翁益田孝は「天下一の田舎家」と激賞。全国有数の田舎家でした。如春庵の死後、解体した部材は名古屋市が遺族から寄贈を受けて、市教育委員会が保管していました。

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 名古屋市に寄贈35年、保管場所は転々。最後の保管場だった名古屋市のごみ焼却施設山田工場も解体が決まり、行き場を失うすんでのところに、昨年2月、急展開で日泰寺への移築、再建が決まり、古材を移転。この日の地鎮祭にこぎつけました。

 再建にあたり、瓦葺き屋根の上に茅葺きを重ねて、外観は元の庄屋時代に戻します。

 日泰寺は、日本唯一の仏舎利を安置する仏教聖地。タイ王室から日タイ親善のため、ブッダの真骨、仏舎利の一部が日本に寄贈。そのお骨を祀るため建てられた仏教聖地です。

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