知る・学ぶ

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知られざる「古筆見」の内幕
第一人者・中村健太郎さん研究成果
壺中天「阿弥の会」に斯界権威集う

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 江戸期から昭和前期まで活躍した書画骨董の鑑定専門職「古筆見(こひつみ)」。芸道のように一子相伝の鑑定法を伝えた古筆本家と古筆分家の代々及びその門人たちにスポットを当て、書画骨董の鑑定を巡る危うくも人間くさい内幕を語る会が2022年4月16日、名古屋・伏見の「ぎゃらり壺中天」で開かれました。
マニアックなテーマで愛好家が注目するぎゃらり壺中天主催の「阿弥の会」第4回。今回は古筆見研究の第一人者、中村健太郎帝京大学短期大学准教授が「極札と古筆目利き〜古筆見による伝統的鑑定法の復元」と題してお話しました。

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 中村さんは「大学では、古筆見の極めは信用できない、と教えられましたが、私は鑑定専門職である古筆見に興味が湧き、学生時代から20年間、ずっと極札を集めてきました」と研究の動機を語った後、「古筆家代々のうち、どうしても極札が見つからなかったのが古筆分家の了観でしたが、やっと見つけました」。念願叶って入手した古筆了観筆の極札を、古筆見名鑑の上に置きました。 古筆了観は、故あって廃嫡された異端の鑑定家。中村さんが入手した了観の借用書には「金千両」とあり「どうしてこんな大金が必要としたのか、わからないが、こんなことしているから廃嫡になったのかも」と、推測しました。忘れられた古筆見の江戸後期の借金の証文まで探し出す研究者魂に脱帽です。

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 古筆は平安時代から鎌倉時代にかけての日本人の書を指します。古筆の多くは、もとは巻子本や冊子本だったのが、室町時代以降の茶道の流行を背景に、「古筆切」と呼ばれる一葉数行から十行程度の断簡に切断され、拡散しました。古筆切は、軸装されて茶席の掛け軸になり、また手鑑に貼り合わせて鑑賞に供されました。中でも、貴族趣味の華麗な料紙に書かれた古筆切は、贈答品として珍重されました。古筆愛好の流行は、古典籍の破損を招いた反面、戦乱、災害があっても、分散されたため全損は免れて、貴重資料の断片を今日に伝えることになりました。

古筆切は断片ゆえ、本来ならば奥書などから分かるはずの、書写した者や書写年がわからなくなってしまうという問題が生じました。そこに登場したのが「古筆見」。鑑定の専門家たちです。
「名物切」と呼ぶ古筆にはたいがい、古筆見が発行した鑑定書である極め書が添っており、古来珍重された名物切には何通もの鑑定書が添って「極め数々」が、伝世の証ともされます。

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 中村さんは、現代の研究者たちから「あてにならない」と見下されがちな古筆見たちの鑑定法に正面から向き合います。サブタイトルの「古筆見による伝統的鑑定法の復元」です。具体的な古筆鑑定の手順として「まず紙の特徴で時代を判別、次に書風から流儀を見、筆勢・筆意の位で筆者を特定します」
 古筆見は、平安、鎌倉の古筆のみを鑑定対象としていた訳ではなく、むしろ、江戸時代の新筆鑑定のほうが、古筆鑑定より需要が勝っていたと、指摘。弘法大師筆の経切や天皇の宸翰を鑑定する際は、正装して身を清めて拝観したことを明らかにしました。

 中村さんは、古筆見の鑑定について「写真複製技術や料紙の炭素年代判定法がある現代の鑑定に比べたら、信頼性は低い」とした上で「江戸時代の鑑定水準を知るためには大変重要。どの程度の鑑定技術があったのか明らかにしなければ、より正確な評価は下せない」と言います。
 

 極札は誰のが信頼できるのかについては「初代了佐、二代了栄、六代了音、分家十三代了仲」の4人が「比較的信頼できる」と指摘します。「あまり信頼できない」3人の古筆見の名を挙げて、中でも五代神田道僖は「ダントツに目が利かないですね」とバッサリ。
古筆見の懐事情にも言及。古筆了仲(1820-1891年)が明治期に掲げた鑑定料は1円50銭から20円とかなり高額だったことを、了仲直筆の手紙から突き止め、さらに古筆・新筆の売買仲介、門人からのつけ届けで生計を立てていたと指摘しました。


 偽の極札の見分け方や、改変された偽札のチェックポイントも明かしました。会場には、古典籍の宝庫、慶應義塾大学「斯道文庫」長の佐々木孝浩教授や、徳川美術館元学芸部長の四辻秀紀名古屋経済大学特別教授ら斯界の権威も聴講。質疑応答では、活発な意見が交わされました。

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 また、ぎゃらり壺中天に集う古筆コレクターや協力古美術商から古経断簡の最高峰「大聖武」や平安の名筆「廿巻本寛平御時后宮歌合」「藤原俊成筆敏行集」「西行法師歌切」が会場に架けられ、来場者は眼福にあずかっていました。

 

 次回の阿弥の会は第6回「松岡正剛とは何者か?!」  2022年6月18日(土曜日)午後1時から、ぎゃらり壺中天で。現代日本の知の巨人・松岡正剛氏を俎上に。知の領域を軽々と越境していく氏の厖大な著作物と、公私を問わない社会的なプロジェクトへの関わり。
古今、博覧強記と称される知識人は数あれど、
その中でも群を抜いておられるのではないでしょうか。氏のよき理解者で継承者である
小島伸吾氏と米山拓矢氏を中心に、側近から見た松岡正剛氏を
語ってもらい、あまりに茫漠たる巨人のイメージの輪郭線を
少しでも鮮明にしてもらえれば、ということでその機会を設けます。

会費500円(コーヒー、お菓子付き)
定員30名。
お早めにお申し込みください。

 http://www.kochuten.net